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ストーリーで感情のカタルシスを起こす仕組みを考える

森田 雄 /

ストーリーの魅力はどこにあるのだろう?

「スターウォーズ」なら、宇宙を舞台にした冒険にワクワクしたり、運命に立ち向かう主人公の葛藤にも手に汗を握る……冒険も葛藤もストーリーに欠かせない魅力だ。

ストーリーの効果は、語り手が伝えたいテーマをストーリーという疑似体験を通して理解と共感を促すことにある。多くの物語は、主人公が突きつけられた障壁を乗り越える過程を描いている。障壁を乗り越える過程に我々はワクワクさせられながらテーマを理解していく。

一方、「感情移入」という言葉があるように、ストーリーには私たちの感情を揺さぶり、登場人物に移入させるという、体験の快感とも言える魅力を持っている。例えば「アナと雪の女王」を観れば、ファンタジックな冒険の中で描かれるエルサの苦悩や、アナの一途な想い、クライマックスの真実の愛に気づく場面に心が締め付けられるような感覚を覚えるだろう。

ストーリーがエンターテイメントとなるのは、この「体験の快感」があるからだと考えている。ストーリーで伝えようとしたテーマを理解していなくても、体験の中に一種の快感を覚えることはあるだろう。むしろ、体験の快感が先にあって、しばらくしてからテーマに気づいたり、あるいは無意識的に蓄積していくような経験を持つ人も多いと思う。ストーリーがもたらす体験としての快感は大きな魅力であり、人を強力に惹きつける。

ブランドマーケティングに携わる身としては、無数の広告表現が溢れる中でいかに生活者の心を掴めるかに腐心しているので、ストーリーがいかにして生活者の感情を高ぶらせるのかを考察してみたい。

魅力となるのは2つの「障壁」

魅力的なストーリーに障壁は欠かせない。ライバル選手に勝てるのか?片思いから両思いになれるのか?魔王を倒して世界の平和を守れるのか?これらはストーリー上で物理的に存在する障壁だ。物理的な障壁はストーリーという体験にダイナミックな起伏を生み出す。

体験の起伏はストーリーへ移入させる重要な要素だが、もう一つ欠かせない「障壁」がある。感情的な共感を生み出す精神的な障壁だ。実は人々が共感し心動かされるのは精神的な障壁の打破の方だ。試合に勝つための努力を貫き通せるか?勇気を出して告白できるか?魔王の誘惑に打ち勝てるか?精神的な障壁が、ストーリーの登場人物たちに感情的な起伏を起こす。多くの場合、物理的な障壁の打破の過程で精神的な障壁の打破が起こるが、共感を生むのは精神的な障壁の打破にある。

この「障壁」の打破を通してストーリーのテーマを浮き立たせ、体験するものに理解させるのがストーリーテリングの基本構造である。
もちろん、魅力あるストーリーとなるためには、共感される主体=主人公の目的設定も欠かせない(共感されない主人公を設定する場合もあるがここでは割愛する)。主人公の目的はテーマを伝えるための障壁と表裏一体とも言えるだろう。障壁を設計すれば、主人公の目的も落とし込める。

魅力を浮き立たせる「問い」

前述した障壁の例が全て「問い」になっていたことに気づいただろうか?

ストーリーのテーマを浮き立たせ、私たちにストーリーを体験し続けたくさせるのは「障壁を乗り越えらることができるのか」という「問い」が頭に浮かぶからだ。ストーリーの前半で「主人公は障壁を打破して目的を達成できるのか?(できてほしい)」という、適切な問いと期待値が設定できれば、受け手はストーリーの展開を期待して体験を続けることになる。このようなストーリーの中核となる「問い」は「セントラルクエスチョン」と呼ばれる。

主体+目的(障壁の打破)がモチーフ

ストーリーで伝えたいテーマが心臓だとすれば、障壁と主人公の目的・セントラルクエスチョン、これらはストーリーの血肉となるものだ。伝えたいテーマを決めたら、ストーリーのモチーフを次のように定義していく。

「誰が(どんな人が)」「何のために」「どんな障壁を打破したいのか」

このモチーフによって受け手から共感され魅力を感じるストーリーとなるように設計していく。「誰が(どんな人が)」「何のために」「どんな障壁を打破したいのか」そして「それは達成可能なのか」この問いが明確であるほど共感と移入がしやすくなる。

ストーリーのカタルシス

前述した障壁と問いの設定によって、ストーリーの因果が浮き立ってくる。スポーツを題材に苦難を乗り越えライバルに打ち勝つストーリーだとすれば、試合に勝つことが物理的な障壁の打破であり、苦難を乗り越え成長を遂げたことは精神的な障壁の打破となる。その起伏が明確であれば「感情的なカタルシス」を起こすことができる。ここで述べる「カタルシス」とは、苦痛や恐怖、ストレスなどの抑うつ状態から解放されること。人はカタルシスを疑似体験するとスッキリと快感に感じてしまう。

物理的な障壁の打破は、必ずしも表面上の勝利の形とは限らない。例えば、映画「ロッキー」では表面上は試合に負けたとしても善戦したこと自体が物理的障壁の打破であり、さらに精神的な障壁の打破によって感動というカタルシスを起こしている。

感情のカタルシスを起こす最小単位を考える(抽象化)

ストーリーの構造やストーリーテリングは、技法や構造の考え方も幅広く奥が深いが、広告コンテンツに携わる身として、まずはさまざまなコンテンツに転用可能な最小単位を考察してみたい。

下記の図は、前述した内容を構造的にまとめたものである。ストーリーが、変化や展開を通して因果を理解しテーマを体感するための構造だとして、“開始A”から“結果B”に向けて主体(主人公)が障壁を乗り越える流れが基本構造になる。

  1. テーマ:ストーリーで伝えたいコンセプト
  2. モチーフ:ストーリーの題材。主体と目的(=障壁の打破)
  3. 障壁:テーマを浮き立たせ体験を魅力的にする「乗り越えるべき課題」
  4. 物理的な障壁:体験の起伏を起こす
  5. 精神的な障壁:感情の起伏を起こす
  6. 外的セントラルクエスチョン:物理的な障壁を乗り越えてほしいと思わせる期待値の設定
  7. 内的セントラルクエスチョン:精神的な障壁を乗り越えてほしいと思わせる期待値の設定

伝えたいテーマを決めたら、まずは物理的な障壁と精神的な障壁という切り口でモチーフ(主体「誰が」+目的「何のために障壁に立ち向かうのか」)を定義する。物理的な障壁と精神的な障壁の設定はストーリーに体験と感情の起伏を起こすため、二つの障壁を乗り越えた際の変化が明確になるようにモチーフを定義できれば、ダイナミックで移入しやすいストーリーになるだろう。そして、ストーリーの終盤の明確な変化は受け手に感情的カタルシスをもたらすことになる。もちろん、障壁の設定が伝えたい相手に共感される内容でなければいけない。

ストーリーの起伏と変化が明確にできれば、セントラルクエスチョンの形にして確認していく。「〇〇な主人公は△△のために××(障壁)を乗り越えられるか?」という問いの形にしたときに展開を追いたくなったなら、魅力のあるストーリーに近づいているはずだ。セントラルクエスチョンはストーリーの序盤で提示され、作品の期待値を設定するフックとなる。

この構造体で整理していけば、テーマを伝えるためのモチーフの設計や整理だけでなく、体験の魅力となる移入と感情的カタルシスを捉えやすくなる。また、ストーリーに引き込むための適切なセントラルクエスチョンも落とし込みやすくなるだろう。

広告(ベネフィットに対する共感)に適用してみる

ブランドマーケティングにおける広告コンテンツの多くは、ブランドのベネフィットに共感してもらうように設計されている。この構造体はベネフィットに共感してもらうストーリー設計にも転用できそうだ。

ストーリーを通してベネフィットを理解、共感してもらうのが目的と設定する場合、ストーリーのテーマはもちろんブランドのベネフィットになる。

広告における物理的な障壁はブランドが解決できる生活課題だ。あるいは生活課題をモチーフにした暗喩的なネタでも良いかもしれない。いずれにしても障壁を乗り越えるためにブランドが登場するストーリーになるように設計する。

一方、精神的な障壁はジョブ(理想と現実とのギャップを埋めようとする欲求)になる。
つまり、ストーリーの問いは「生活課題を乗り越て理想を実現し、ジョブを満たせるか?」となる。

そして、ストーリーを通して起こる変化(始まりと終わりの差分)はベネフィットそのものであり、ストーリーの起伏が明確であればあるほどベネフィットが浮き立つことになる。
適切な障壁と問いの設定によって生じたカタルシスとともにベネフィットを理解したとき、共感も大きくなっていくだろう。

ナラティブに共感してもらうために

上記のストーリーの構造は因果まで完結させる構造になっている。では、生活者自身が語り手になっていくようなナラティブなストーリーテリングの場合はどうなるか?

ストーリーの因果の「果」=結果を伝えるのではなく、生活者に障壁を気づかせることが目的になってくる。つまり、セントラルクエスチョンの提示である。

ブランドと生活者にとっての共通の障壁を浮き立たせ、その障壁を乗り越えてベネフィットを手に入れることに期待を抱かせる問いの設定である。「私(我々)とブランドは障壁を乗り越えられるのか?(ブランドと一緒なら乗り越えられるかもしれない)」という問いが共感されれば、ブランドと生活者が障壁に向けた共闘関係を結んでいけるだろう。

その際に大切なことは、障壁を乗り越えて得られる結果が明確であること、そしてブランドとの共闘関係にとって達成が見込めるという希望を抱かせるバランスだ。生活者が触発されワクワクできるストーリー設計になれば、体験者は共感とともに自走してくれるはずだ。

※本記事は、コミュニケーションの可能性を探る研究メディア『コミュニケーションラボ』に寄稿したコラムを転載しています。コラムはこちら

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