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ストーリーテリングの魔術

荻野 英希 /

コミュニケーションに関わる仕事をしているのならば、ストーリーテリングは必ず習得しなければならないスキルの一つだ。私たちは消費者の心を動かし、顧客や上司の共感を呼び、部下や同僚を奮い立たせなければならない。どれだけ学術的な理論を学び、技術的な知識を蓄えても、成功者とそれ以外を分けるのは優れたストーリーテラーであるか否かだ。

まずはこの一文を読んで欲しい。2015年に映画化された『復讐する海』からの一文だ。


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さて、今あなたは何処にいただろうか。スマホかPCでこの文章を読んでいたはずが、突然暗い、荒波の海に囲まれていたはずだ。人肉を喰らう遭難者の姿や、表情さえも見てしまったかもしれない。想像の中に描かれたさまざまなディテールは、おそらく文中に含まれてはいなかっただろう。ストーリーは決して文章の中に存在するものではなく、伝える相手の頭の中で完成するものなのだ。ストーリーとはいわば、完全な絵ではなく、相手の想像力で完成する線画のような「欠落の芸術」なのかもしれない。

ストーリーには、ヒーローズジャーニーなど、さまざまなフレームワークが存在する。しかし、その最も基本的な構造は2つ以上の出来事と、その因果関係である。ストーリーは、メッセージをそのまま伝えるのではなく、この因果関係によって示唆をすることで、相手に気づきを与えるもの。人はメッセージに自ら気づくことで、それが自分の考えだと思い込んでしまうのだ。

「他人の心に思想を植え付けるには、物語を使え」という格言がある。人は自ら気づいたことを自分自身の考えと認識し、信じ込んでしまうからだ。ストーリーによって気付かされた考えは、ほぼ無条件に受け入れられ、疑われることがない。これがコミュニケーションの仕事にストーリーテリングが欠かせない理由である。

FICCでコミュニケーションの設計に活用しているパーセプションフロー・モデルは、消費者の認識を「知覚刺激」によって段階的に変化させる。知覚刺激とは、物事の因果関係を示唆することで、その理解を要求する情報のパターンだ。新たな発見や気付きを引き起こし、その結果として消費者の認識と行動に影響を及ぼす長期記憶を形成する。示された情報の関係に自ら気づくことで、人はそれを自分自身の考えだと思い込み、パーセプションの変化が起きるのだ。

優れた広告は、視聴者がブランドのメッセージに自ら気づくために書かれたショートストーリーである。例えば、洗剤の優れた効果を伝えるためには、その効果を直接説明してはならない。終わらない家事に苦悩する忙しい主婦が、その洗剤を使って洗濯に勝利する姿を描き、洗剤が効果的であるに違いないという気づきを起こすのだ。

優れたストーリーには、必ず3つの要素が存在する。共感できる登場人物が、苦境に直面し、克服を試みる。苦境が重大であるほど、私たちはストーリーに魅力を感じる。苦境を含まないハイパーレアリズムという実験的な執筆方法も過去に存在したが、印象に残るような作品は何一つ生まれなかった。全ての名作には、誰もが絶望するような苦境を乗り越える主人公の姿が描かれている。

だからこそ、私たちは重大なニュースに釘付けになり、その裏側を憶測する。多くの逆境や困難を乗り越えるスポーツ選手に心を奪われる。ドラマチックな歌の歌詞に、自分の経験を重ね合わせる。そして自然や科学にさえ、何らかの意味を見出そうとする。現実はどうあれ、人間は全ての物事にストーリーを求める。自分自身の過去や未来さえもストーリーで描き、ストーリーの中で生きている。

これはおそらく500万年ほど変わらないことである。初期の人類は、互いに狩場や水場を伝えるためにストーリーテリングを行なっていた。このストーリーによる地理的情報の共有こそが、人間(ホモ・サピエンス)と、絶滅したネアンデルタール人の明暗を分けたものだとも言われている。あるアメリカの人類学者によると、アフリカ、オーストラリア、アジア、北アメリカ、南アメリカを起源とする3000の民話の86%に、生活に必要な地理的情報が含まれていたという。 本来、ストーリーは過酷な環境下で集団で生き延びるための地理的データベースの役割を持っていた可能性が高い。進化の過程により、ストーリーと空間認識能力には脳内で密接な関係が生まれた。だからこそ、空間が表現されている文章は、心的イメージの描写を引き起こしやすいのだ。

最近の研究では、ストーリーが単なる効果的なコミュニケーションの手法ではなく、脳内の記憶を構成する情報単位であることがわかってきた。脳には、今を体験する短期記憶と、知識として想起することができる長期記憶が存在する。長期記憶にはエピソード記憶という出来事の因果関係の記憶と、意味記憶という物事の意味の記憶が存在する。エピソード記憶は、脳が連続的な出来事の因果関係、つまり、ストーリーを認識することで形成される。そして、意味記憶は複数のエピソード記憶の共通点を認識することで形成される。人間は物事の関連性を認識しており、ストーリーがなければ記憶を形成し、学習することができない。このような研究は、ストーリーの有効性を証明するだけでなく、計算言語学の分野でも、SiriやAlexaなどのバーチャルアシスタントや、自動翻訳などの飛躍的な機能向上に貢献している。

人間はパターンを認識することで脳内報酬系が活性化し、快感を体験する。この仕組みがストーリーという情報のパターンを求めさせ、人間の自主的な学習を可能にしている。しかし、 この快感は生理的な欲求を忘れるほどに強烈なものであり、私たちは常にパターンに注目し、何事にも意味を見出そうとしてしまう。人間はストーリーに対して無防備なのだ。ただパターンを認識したいがために、事実を無視し、ロジックや根拠を求めず、自分自身を説得してしまう。雲や月面の地形が人間の顔に見えたり、フェイクニュースや都市伝説を簡単に信じ込んでしまうのはこのためだ。

この一文は読めるだろうか。これは、単語の最初と最後の文字以外が入れ替わっても正しく読めてしまう、タイポグリセミアと呼ばれる現象である。人の脳はパターンを見つけるために、過去の記憶から情報を自動的に補完する。必要な情報が相手の記憶にあれば、ストーリーによる気づきを与えることができる。

人が如何に自動的にストーリーを見出してしまうかを理解するために、この映像を見てもらいたい。これは1940年代にアメリカの心理学者のフリッツ・ハイダーとマリアンヌ・シンメルが行った実験である。実際は幾何学模様がただ不規則に動いているだけの映像だが、視聴者はその動き方にストーリーを見出してしまう。形を擬人化し、感情移入してしまうのだ。おそらく、丸や三角に性別を割り当てた人も多いだろう。報酬系に縛られる私たちの脳は、常にストーリーを自動的に創り出し、無条件に注目してしまう。

ストーリーの力を示す動画がもう一つある。クレショフ効果は、1920年代に旧ソ連の映画作家の実験によって示された、連続する無関係な映像に意味を見出してしまうという現象だ。男性の映像は同じものだが、前の映像によってその解釈が空腹感、悲しみ、淫欲に変化する。この現象からは、人の認識がストーリーによって簡単に変えられるものであることがわかる。

私たちがストーリーに引き込まれるもう一つの要因が感情である。人はストーリーと同様、強い感情には無条件に注目してしまう。さらに、感情の高ぶりは長期記憶の耐久性とも一定の相関関係にある。ある心理学の実験で、被験者にランダムな人物の写真を見せたところ、強い表情を示していた写真は3倍の確率で記憶されていた。一定の感情の高ぶりは、記憶の耐久性を向上させる。しかし、あまりに感情の高ぶりを感じるトラウマ体験は、逆に忘却を引き起こす。 解離性健忘と呼ばれるこの症状は、ストレスに満ちた出来事の記憶を排除する脳の防衛機能である。

しかし、どれだけ感情の高ぶりを体験しても、ストーリーからトラウマを経験するリスクはない。人間は将来の重大な問題を克服、または回避するために、危機感や脅威を感じる優れたストーリーを積極的に体験しようとする。私たちが見る夢も、問題を克服するストーリー構造を持った幻覚だ。ストーリーは、進化が生み出した、学習のバーチャルリアリティー体験なのかもしれない。

人類の歴史は、まさにストーリーテリングの歴史だ。私たちは、社会を形成し互いと活動するために、時代とともその手法やメディアを進化させてきた。しかし、どんなに手法やメディアが進化しても、相手が人間である限り大切なのはストーリーであり、いつの時代にも優れたストーリーテラーが必要である。今では、誰もが世界中に向けてストーリーを発信できる、さまざまな手法と環境が揃っている。ストーリーテリングの魔術をマスターした者にとっては、コミュニケーションの世界は今までにない、無限の可能性に満ちている。

※ この「ストーリーテリングの魔術」の社内トレーニングでも使われている資料を、下記にてご覧いただけます。


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