「そもそも“デザインの価値”ってなんだろう?」
アートディレクターの冨田一樹は、昔から考えていることだと言います。
2011年にFICCにデザイナーとして入社。10年以上在籍するなかで、FICCはWeb制作会社からブランディングマーケティングの会社へと、組織の形を大きく変化させています。その中で、冨田はデザイナーの立場から、数々の案件を通してブランディング・マーケティングの領域に深く関わってきました。
「デザイン経営」や「デザイン思考」といった、デザインをビジネスの中核に取り込む言葉を聞く機会が増えてきた昨今。バズワード的に謳われる「デザイン」ですが、その現実的なところを理解している人はまだそんなに多くないのかもしれません。ビジネスの現場でデザインに投資することに、どんな価値や意味があるのか。ビジネスの定義から再解釈した際にデザイナーに求められることとは。キャリアを踏まえつつ、その真意を訊きました。
ビジネスとは人の営み。デザインの技術を活かして、人の幸せを追求するために
「あなたは何がしたいのですか?」
プロジェクトの始まりから終わりまで、僕は、すごくそこが気になる。目的がないとデザインはできないし、やってることに意味が欲しい。声をかけてくれる人達の営みを、一歩前に進めるためのお手伝いがしたいんです。
日本の「ビジネス」という言葉には、お金儲けの意味合いが強いなと思っていて。そもそもビジネスの和訳は「営み」じゃないですか?お金を稼がなきゃいけないのも、自分たちの暮らしをどうやって豊かにしていくか、どんな自己実現をしていきたいか、結局そういう話にたどり着きますよね。人が働くこと、暮らすこと、生活のすべてがビジネスで、「人の営み」そのもの。人の営みを豊かにするデザインができればいいなと思っています。
以前、ビジネスコンサルティングを強みとしたWebアプリ開発を行うLANWAYさんから、「会社の10周年を期に、ロゴを作り直してビジネスを伸ばしていきたい」とご相談いただきました。「ロゴをつくると、どんな効果がある?どんな目的を達成したい?」など、ビジネス上の課題や目標について対話をさせていただきました。さらに、具体的なビジネス目標を聞きつつ「将来どんな仕事をしていきたいか?」を社員のみなさんに聞いていくうちに、LANWAYさんのブランド価値は「情熱を本音で語る人が集まっていること」だと分かった瞬間があって。この価値を、ステートメントやロゴのデザインに落とし込んでいきました。その組織で働く人々の、働く意味と本音がブランドの価値に。それを、さまざまなステークホルダーに伝えるビジネスツールに派生していった事例です。
そのブランドが続くことで、人が幸せになり続ける。そこまでいけたら「ブランド活動が完成する」と言えるのかもしれません。
“指標”ができるとビジネス全体が円滑になる
僕たちに声をかけてくれる方々は、企業やブランド、チームとしての指標がない人たちが多いです。
「自社の“価値”ってなんだろう」と悩まれている方々ですね。
例えば、マーケティング担当の方々の立場では、短期的な売上が目標になることもありますよね。だから、目先の数値やターゲットを追うことに精一杯で、毎回ブランドコミュニケーションがバラバラとしてしまう……「結局このブランドは何がしたいの?」となってしまうこともよくある例だと思います。縦割りの組織ほど、ブランディング部門とマーケティング部門の間で「そもそもこの目的は何だっけ?」というところに話が戻ってしまいプロジェクトが破綻してしまう。そんな光景を数多く見てきました。
そんな企業やブランドのよくある課題を解決するために開発したのが、『ブランドコミュニケーション ガイドライン』です。ブランディングの目標やビジョン・ビジョン・バリュー、ターゲットは誰か、どんなエクイティを獲得していきたいか……など、そのブランドの指標をまとめています。絶対にブレない軸を定めているから「この目的で、このマーケティングプランをやってるから〜」というように、担当者が別の部署にきちんと理由や経緯が説明できるようになる。そして、どこがブランディングで、どこがマーケティングの領域かが分かると、プロジェクトが円滑に進んでいきます。僕が一番大事にしてるのは、目的。組織の体制や共通言語をまとめるのがすごく大事なんです。
東急シェアリングさんの「東急バケーションズ」のお仕事を通して、このブランドコミュニケーション ガイドラインは完成しました。当初はWebサイト作成のご相談でしたが、ブランド価値が曖昧だった部分を掘り下げるうちに「ビジネスとしてまず何をすべきか」という根本を整理する必要があると思い、提案させていただきました。コロナ禍で変化している顧客に対して、どんなコミュニケーションをしていくかの戦略から考え、他のリゾート施設とは違う機能をビジュアル化・言語化。こうして完成したガイドラインを納品しました。
今後、外注の代理店やプロダクションに施策をお願いしたいとなった時に、誰が見てもブランド価値やターゲットやコミュニケーション方法が一目でわかるものになっています。実は、お客さん側でこのガイドラインを活用しながら新たな広告をつくっていただいたんですよ。
このガイドラインは、お客さんの市場や体制などにあわせて納品の形を変えています。きちんと課題を整理して、お客さんの求めてる理想のツールを渡してあげると、ビジネスはうまく回っていくんです。
デザインの価値とは?投資に対する成果とは?
世のデザイナーには、ポスターやDMなどのビジュアルデザインに特化した方もいるように、人によって得意分野がありますよね。でも今は、ブランド視点、マーケティング視点、クリエイティブ視点を持つ人が必要とされています。ブランディングとマーケティングを理解して、かつ、ブランドの価値を言語化して、ビジュアライズして、どんなコピーで生活者と対話していくのか。その複合的な能力が問われていると思います。
以前手がけたプロジェクトでは、当初「Webサイトをリニューアルしたい」と米農家さんからご相談をいただきました。『やまびこ米』というコシヒカリを作るやまびこ農産さんは、「100種類以上の田んぼの生き物と、100年先に続く自然を残す農業を」というビジョンを掲げ、土づくりから励まれている方々です。田植えと稲刈りの時期にお伺いしてヒアリングを行うなかで、「やまびこ農家さんにはどんな価値があるか?生活者は農家さんのどんな価値を理解できたら応援したくなるだろうか?」というところにフォーカス。朝焼けの神秘的な田んぼや宝石のように光るお米を撮影して、命が育まれる世界観が伝わるビジュアルに落とし込んでいます。派生してロゴも刷新し、パッケージも作らせていただきました。お客さんと社会をつないで価値を生み出す、そんな視点で支援させていただいた事例です。
最後に、デザインには人々の未来の行動を変えられる力があるし、本当に良いデザインであれば、理想の世界を実現することができる。我々デザイナーには、目的を達成するための具体的で実践的な技術がある。僕のこれまでの経験がデザインにつながってきたように、その人にしかできないことってきっとあると思うんです。人の営みを豊かにする。僕が探究していきたいことはこれからも変わりません。
執筆・撮影:深澤枝里子(FICC)