FICCで、毎年年始に行われる代表 森啓子の挨拶。
「世の中でなにが起きているのか。大切なことを見失わないよう学んでほしい」と言う森。だからこそ、自身の視点で一年をどのように見てきたか、どんな流れがあったか、をメンバーたちに毎年伝え続けています。
世界・社会のなかの「会社」というコミュニティ(共同体)に集う意義、コミュニティから社会にできることとは。今年、創立20年を迎える私たちFICCに所属する一人ひとりができることに向き合うために。そんなメッセージが伝えられた、1月9日の年始挨拶をご紹介します。
有事の時こそ、自分がどんな恩返し・恩送りができるかを考えてみる
「2024年は、元日から驚くようなことがありました」と、森からメンバーへと語りかけられました。
元旦に、石川県能登地方で大きな地震がありました。FICCの中にも、支援のアクションを起こした人もいるかもしれません。認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパンが行う現地の緊急支援チームへの募金や、ふるさと納税を利用した返戻金のない支援、日本赤十字社の石川県支部へのサポートなど、私たちも参加できる支援も。数日前には、Yahoo!基金では、既に十数億円の寄付が集まっていました。
少しでもいい。まずはできることから、一人ひとりが行動すること。会社は、日々集い、社会を構成するコミュニティです。だからこそ、みんなに向き合いたいと思い、今日を迎えました。
災害国家である日本。でも、海外からは「復興・防災大国」と言われています。「災害への対応の早さに驚いた」と言う、海外から訪日していた方もいました。昨年の年始挨拶で話をさせてもらったのは、先人たちの想い。「これより低い土地に住んではいけない」などの石碑に残された先人からのメッセージ。これらは日本中にあって、私たちが生きている現在に知恵として継承されています。
ニュースを見て、アナウンサーが使う言葉に気づいた人もいるかもしれません。私たちが日常で使う言葉ではなく「やさしい日本語」が使われていました。「高台」や「避難所」は、「高いところ」や「みんなが逃げるところ」という表現に。阪神淡路大震災の学びから、東日本大震災から全国に広がり、今回は、多言語での呼びかけが多くの場所で見られました。
印象的だったのは、震災の翌日以降のこと。東日本大震災の時に助けてもらったから、と支援に動き出す自治体の「恩返し」や「恩送り」の姿がありました。2023年2月に起きたトルコ地震では、多くの日本人がトルコ大使館に募金のために駆けつけました。それは、100年以上前から「恩返し」の関係にあったからです。
有事の際の「自治体や国」単位での恩返しや恩送りは、大きな力になります。でも、その輪の中にいる私たちがひとりの人として何ができるか。日々の働きの輪を一歩広げていくことができたら、価値観や行動が広がる社会になっていく……。
20周年を迎えるFICCとして、どんな恩返し・恩送りをすることができるか。みんなと対話しながらアクションを起こしていきたいと思います。
一年を代表する言葉から考えるAIと人の関係性
2023年は、どんな年だったのでしょうか。
2022年は、「長期にわたり不安定で安心できない状態」の意味を持つ「Permacrisis(パーマクライシス)」という、その年を代表する言葉を紹介しました。今回も、2023年を代表する言葉を2つ紹介します。
ケンブリッジ英英辞典が発表したのは「Hallucinate(ハルシネイト)」という言葉。「幻覚を起こさせる、実際に存在しないものを見る(見せる)」という意味があります。生成AIが一気に拡がった年。辞典には、「AIは人に幻覚を見せる存在(もっともらしい嘘をつく)」ということを示す定義が追加されました。
もう一つは、米辞書出版大手メリアム・ウェブスターからの「Authentic(オーセンティック)」という言葉。「本物が危ぶまれてる」という意味で選ばれています。
これを見てみてください。AIが生成した医者の写真とハウスキーパーの写真。性別や人種においても、画一的な画像ですね。でも、私たち人が作ってきた社会のイメージやコンテンツから生成されています。AIを使う私たちは、偏見や差別を助長するリスクがあることを理解しなければなりません。短絡的に判断するのではなく、知って学んでいく必要があります。
「インターセクショナリティ」という考えがあります。先ほどの職業の画像にあったような、画一性の観点だけを排除するのみが結論ではありません。個々を取り巻く属性を理解して、マイノリティの中でも焦点が当たりにくい所にまで目を向けることができるか。例えば、「女性差別が社会問題」ということだけを掲げてしまうと、階級や人種などの属性が交差する課題が取り残されてしまう。より複合的な枠組みを考えていくことが、インターセクショナリティです。人は、自分が経験したり知っている世界でしか想像することができないからこそ、自分自身が経験してないことに出会ったり学んでいくことが大切なのです。
海外では、AIが採用活動をしている例もあります。本当にバイアスなく判断されてるのか。でも、AIよりも人の方がバイアスを持っている可能性も。ChatGPTを使う人もいると思うけど、使い続けていると、言われていることすべてが正しいような感覚を持ったことはありませんか。その情報に、批判的な視点を持って向き合えるかどうか……それが「人間力」とも言えるのかもしれません。
ブランディングやマーケティングにおいても、AIが生成したものがコンテンツとして活用されて、日々触れているSNSでも、AIによってコンテンツが推奨されています。
よりAIが加速する流れの中で、「ブランドガイドライン(ブランドとしての指針をまとめたもの)」の重要性が注目されています。FICCも、ブランドの力になるために「ブランドコミュニケーション ガイドライン」を価値提供として掲げています。ブランドに関わる人たちには、目が見えない・耳が聞こえない方がいるかもしれない。ガイドラインのあり方自体が、ハンディキャップを生み出す因子にならないよう、アクセシビリティ(利用しやすさ)の観点が必要です。
FICCの一人ひとりが、ブランドの可能性を信じて一緒に創造していく存在です。自分が経験していないことに無関心にならず、出会い続けていくことが大切だと信じています。
人だけではなく、自然や環境も含めたステークホルダーの考え方
そして、AIと切り離せないのが環境問題。カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること)やネイチャーポジティブ(自然再興)の目標を掲げて世界が動くなか、AIのデータ活用が期待されています。
一方で、AIの拡大と同時に、データセンターで大量の電力と水を使用してしまう環境問題も発生しています。私たちが、AIを使うこの瞬間に環境に影響を及ぼしていることを理解したうえで、どのような目的でAIを活用するかを考えることが大切です。
毎年この場で紹介しているCOP(気候変動枠組条約締約国会議)についても。昨年末、ドバイで開催されたCOP28では、最終日に「化石燃料からの脱却」で合意されました。「化石燃料」が合意書で言及されたのは30年で初めて。一方で、化石燃料の廃止を目指していた欧米は妥協の結果となり、新興国を中心とした国々とのギャップも改めて見えてきた結果となりました。
化石燃料への依存率が80%を超える日本。化石燃料は長期的に見ると、いつか枯渇してしまう不安定なエネルギーです。
家庭よりも企業によるCO2排出が大きな割合を占めています。冒頭でも話した通り、企業は社会を構成するコミュニティ。だからこそ、社会に生きる人として、企業に集まる一人ひとりが日々の生活の中で環境とどう向き合うのか……その集合体が、企業としての判断にもつながる。判断をするのは企業ではなく、私たち「人」です。
私は家庭で、ボーダレスジャパンの「ハチドリ電力」を利用しています。それは、再生可能エネルギーということはもちろん、生活の中から大切に思う社会貢献活動に「一歩輪を広げていく」ことができるから。私たち人やブランドの日々の営みや働きを、一歩その環を広げて考えていくことができる選択をしていきたい。
FICCが、企業やブランドを支援する時になにができるか。ブランド戦略でも向き合う「ステークホルダー」は、株主や社員、取引先や顧客などの「利害関係のある関係者」という意味です。その利害関係に、「自然や環境」も含めてステークホルダーとして捉えていくことを諦めないこと。
2023年の約半年間、FICCのメンバーと一緒に参加したのは、鎌倉投信株式会社が主催する「ネイチャーポジティブ」の勉強会。生物多様性の損失を止め、回復へと向かわせることを「ネイチャーポジティブ」といいますが、これは、人類がまだ一度もやったことがないことです。
勉強会で登壇された方々の中で印象に残っている言葉があります。
「ネガティブをゼロにするのではなく、ゼロからポジティブに自然の回復軌道を転じさせていくことは、人類がまだ成し遂げたことのないこと。この大きなチャレンジに対して、私たちが持つべき観点は『環境保護・自然保護の産業化』ではなく『産業の環境保護・自然保護化』なのではないか」
― 国際自然保護連合日本委員会(Japan Committee for IUCN) 事務局長 道家哲平氏
「林業は、自然資本の守り手になっていくと思う。流域になんの仕事があって、それを一つひとつ編み込んで、森を設計している。みんなが何を求めているのかを各流域ごとにマッピングして、ストーリーにして、こういう森が必要だね……となると思う」
―「青葉組」株式会社GREEN FORESTERS 代表取締役 中井照大郎氏
私たちが視野をもう少しだけ広げて、大切にしたいものたちのストーリーを紡ぐことで、社会や世界を変革していく力になるかもしれない。だからこそ「こんな未来をつくりたい」と語り出し、共創していくことが大切だと思っています。
人の「幸せ」が追求される経済と世界に
2021年に紹介した、世界経済フォーラムの「グレート・リセット(Great Reset)」という言葉。世界経済や社会の仕組みを根本から見直し、新たな価値観やルールに基づいた社会を構築する取り組みのこと。世界は、本当にギリギリのところにきているな、と感じます。
画一的な社会の姿や、環境への負荷が蓄積された今までの経済の豊かさは、GDP(国内総生産)で測られていました。でも、これには限界があると言われてます。GDPが右肩上がりの国は、ウェルビーイングが相関して下がっていく、というデータもあります。
2024年9月に開催予定の(SDGsの次のグローバルアジェンダが議論される)国連未来サミットのアジェンダが「ウェルビーイング」になると言われています。
このアジェンダと、2023年に登壇したアドテック東京(15年目で初めてのテーマである)ウェルビーイングのセッション。そして2024年、FICCが20周年を迎えるタイミングであること。FICCの想いを推進していくことが後押しされているように感じています。
2019年に代表になり、「リベラルアーツ」を経営で掲げながらやってきたことが、ウェルビーイングの考えにもつながっています。みんなと一緒だったからこその成果だと。メンバーのみんなに本当に感謝しています。人を自由にする学問であるリベラルアーツ。「人が幸せに自由に生きていくこと」が大切だと、経営者としても一人の人間としても思っていることです。幸せの形は人それぞれ違うけれど、みんなが自律して、社会につながる幸せの姿を追求しつづけていく。そんなコミュニティでありたい。
この20年間、FICCは変わらず「LEADING BRANDS(ブランドを導いていく存在)」であることを大切にし続けてきました。私たち自身がブランドと人の可能性を信じ抜くことができる存在であり続ける。
そして、社会に生きる人としても、FICCのビジョンを願う人としても「なにができるのか」「この想いをどうやって広げていくか」を一人ひとりが考えながら活動をしていく。その考えで、出会う人たちと一緒に歩んでいくことができれば、そこから輪が広がっていくと信じています。
執筆:深澤枝里子(FICC) / プロフィール撮影:後藤真一郎