プロジェクトにおける最高の翻訳者であること ― FICC京都を支える村松勇輝の働き方

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多くの企業が東京に集まるなか、2013年1月にFICC京都を立ち上げたデジタルエージェンシー・FICC。5年目を迎えたいま、立ち上げリーダーであるシニアプロデューサーの村松勇輝は「日本の真ん中あたりの京都で頑張ります」と語ります。

そんな村松が人脈も案件も何もない状態で、いかにFICC京都を支えてきたのか。インタビューを行いました。

2013年、FICC京都立ち上げ「飲み屋で友だちをつくることから始めました(笑)」

FICC京都を2013年1月に立ち上げて、ちょうど4年が経ちました。最初は「無茶ぶりだろ」と思いましたよ(笑)。4人で京都オフィスをスタートさせたんですが、別にもともと京都にお客さんがいるわけでもなかったんです。スタート当初は東京の仕事をしながら、京都で営業活動をコツコツしていましたね。

この4年間で一番ツラかったのは、もう「最初は仕事がなかった」ということに尽きます。なにしろ繋がりがありませんから。
僕は埼玉出身なので、本当に関西に身よりもないし、まず友だちもいないんですよ。だから飲み屋で友だちをつくるところからスタートしましたよね(笑)。社会人になってずっと人との繋がりを一番大切にしてきたので、それが形になったなと感じます。

これからも、もちろん出会いは大切にしていきたいと思っているので、チームメンバーには「人と出会ってきなさい」というのは伝えています。出会いを大切にするチームでいようよ、と。可能な限り、「経費使ってどこでも人に会いに飛んでこい」という感じにしていきたいですね(笑)。

「どんな業種の人とも会話ができる」というのが僕にとっての価値提供

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京都に住んでみて東京と違うなと感じたのは、人の数。京都も観光客が多いことで有名ですけど、東京は異常に人が多かったんだなと思いました。街を歩くスピードも電車の混雑具合も、普段意識していなかったところが大きな違いとして感じました。

あとは、いろいろな方とお会いするなかで、 “京都ならではの人” がたくさんいることも大きな気づきでした。たとえば絵画の修復師がいたり、創業が室町時代とかの老舗の方がいたりするんです。歴史がある古都だからこそ、日常でも歴史についての会話が多くて。そのたびに様々な知識を得られますね。

そういった知識は会話からももちろん学ぶのですが、事前に豆情報を調べてから人と話すというのも意識していて。これはビジネスのシーンでもそう。営業先との商談であれば、事前に先方の業界や業種の情報を勉強して打ち合わせに行くようにしています。

なんなら、「その会社に転職したらどう働くか」というのを考えたりもしますよ。「この人の部下とか同僚になったら、明日からどういう仕事をするかな」と考えて話をすると、自ずと見えてくるものがあるんですよね。そのうえで、「デジタルだったらこういうことができますね」という話をしていて。いきなりデジタルがなんたらと言っても伝わりませんからね。

そして、それが僕にとっては価値提供だと思っています。つまり、プロデューサーとして「どんな業種の人とも会話ができる」ということ。そしてその会話から「プロジェクトチームのメンバーにわかりやすく翻訳する」こと。プロジェクトにおける最高の翻訳者であることが、僕にとっての価値ですね。

それは13年間仕事をしてきて、いろんな業種の会社の仕事をしてきたんですが、どの分野においても苦手意識を持たずにチャレンジしてきたからできると思っています。それが飽きないし、何にでも興味を持つのが僕の特性なんだなと。
また全部の仕事を一通りかじってきたから、デザイナーやエンジニアとも会話ができるし、各業界のことも調べて知っているからお客さんとも会話ができるし、いろいろな人との共通言語を身につけてて、なんかプロデューサーっぽいじゃないですか(笑)。
その結果、どんな仕事でもスムーズに仕事を終えられたときは「価値提供をできたな」と実感できますよね。

お客さんをサポートする「ナンバー2」でいたい ― 村松の働き方論

持論があって、僕はプロジェクトの中で「最高のナンバー2でいよう」と思って仕事をしているんですね。つまり、お客さんがチームリーダーで、それを100%サポートするナンバー2、というスタイルが自分の中でしっくりきていて。また対お客さんだけでなく、社内でも最高のナンバー2でいたい、どこにいってもナンバー2でいたいんですよ。

これは、ナンバー1になれなかった挫折から来てるんですけど(笑)。もう幼少期から挫折ははじまっていて、昔から平均以上のオールラウンダーだったんです。探究心を持って技術を磨こうとも思わなかったから、なにかに秀でない自分がずっと嫌だったんですよね。
だけど、あるとき「全部でナンバー2をとってたら、すごいんじゃないか」と気づいて考え方を変えて(笑)。

挫折はいっぱいあったんですよ、自分のデザインが選ばれないとかね。だけど自分よりスゴイ人を追い越そうとは思わず、逆に尊敬しちゃって。嫉妬したりしないんですよ、他人に対していいところは素直に褒めようというモットーがあったから、ディスったりするのも好きじゃないので。それで自分よりもスゴイ人、一番の人を100%サポートしたろう、と思ったんですね。
だから、チームで仕事をするのが一番好きです。ひとりでやると寂しくて何もできないから(笑)。

場所は大きな制限にはならない。新幹線で2時間くらいは「余裕だ」

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東京の仕事が中心だった当初と比べて、いまは関西の仕事が増えてきて。割合も半分以上は関西の仕事なんですよ。だから、Uターン就職が増えればいいのにな、って思います。昨年、Uターン就職で入ってきた女性がいるんですが、いまは年間1,500〜2,000万の仕事を任せてますからね。

僕自身、京都に来て視野がめちゃくちゃ広がりました。東京にいたときは正直、関西の仕事を積極的に受けようと考えていませんでした。だけど、いまは日本全国どこの仕事でもできるんじゃないかと思っていて。「場所」というのは大きな制限にはならないんだなと。新幹線で2時間くらいの場所は「余裕だ」と思ってます(笑)。
それはこの4年間、東京と京都を何往復もして慣れちゃったというのもあるんですが、新幹線で座れて電源があれば仕事もできちゃいますしね。移動に対して制限をかけるべきではない、と気づいたんですよね。

むしろ、関西には世界No.1シェアの技術をもったBtoB企業とかがたくさんあったりするんですよ。東京にいたら知らなかった世界が広がっている。東京本社だと消費財メーカーのお仕事が多かったのですが、FICC京都ではこういったBtoB企業のお仕事もあって、今後は素晴らしい技術を持った会社の海外進出のサポートもしたいなと考えています。
すごいものを知ったら、やっぱり人に伝えたいじゃないですか。そのアクションが日本の発展に繋がったら嬉しいですし。なのでFICCの東京チームが距離的にサポートできないところをサポートするのが、FICC京都の役割ですね。

そのためにも、東京チームと京都チームで組織の違いを出さないように心がけていて。それはFICCの「イズム」のような部分、つまり妥協せずにクオリティを追求し価値を提供する姿勢。「これサボれるんじゃないの?」というのを各々が許さない文化みたいなものがFICCにはあって
だから、いつ東京と京都のメンバーが入れ替わっても、価値提供の質に差がでないようにしたいし、東京ではサポートできなかったようなクライアントが関西にはいるので、特に東京からのUターン就職を考えている人には京都オフィスはオススメです。東京のチームと共に同じレベルで成長し続ける環境を意識しています。

5年目に突入したFICC京都が目指すところ「東京では出会えなかったクライアントとの新しい出会い」

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これまでの4年間を振り返ると、常に試行錯誤、チャレンジの連続でした。3年目になって、ようやく自分の中でOKと思える基準までいけたかなという感じで、4年目はそれをキープする年、そして次の5年目はまたチャレンジしていきたいと思ってます。

ではどんなチャレンジをするかというと、毎年やっていることですが、東京では出会えなかったようなクライアントとの新しい出会いをつくり続けていきたいですね。また地域性を活かして、地方創生というのもやってみたいなと。
地方創生のプロモーションを、自分たちのデジタルマーケティングのやり方で取り組んだらどうするだろうか?とかいろいろと考えると楽しいですよね。いい素材を持っているのに、うまく広められていない団体が多い。そういった地方の企業や団体を手助けできるというのが、FICC京都の醍醐味なのかなと思います。

いいもの作ってる会社は日本にまだまだたくさんあると思います。そういったいいものをみんなに広めたいですし、そういう企業に出会いやすい西にも東にも行ける日本の真ん中あたりの京都で、これからも頑張ります。

インタビュー:村松勇輝 / 文:永田優介