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ブランドロイヤルティを生むデジタルエクスペリエンス

荻野 英希 /

ブランド論の第一人者、D.A.アーカー氏は著書の『BRAND RELEVANCE』で、新たなカテゴリーの創出につながらないマーケティングキャンペーンは無意味であると示唆しています。

ブランドがどれだけ大規模の予算にサポートされた優れたマーケティングを実施しても、新たな製品やサービスのカテゴリーを創造し、競合が無関係な状況を作り出すことができなければ市場に大きな影響を与えることはできない。

衝撃的な一文です。アーカー氏は日本のビール市場を例にブランドがイノベーションを通じて独自のカテゴリーとなり、競合を完全に排除することで初めてマーケットシェアを大きく伸ばすことができるとしています。

マッキンゼーの「コンシューマーデシジョンジャーニー」では購入後のブランド体験とリピート購入時の接触が競合の選択を排除し、継続的な購入へとつながる「ロイヤルティ・ループ」への入り口だとしています。購入後の体験にフォーカスしたモデルではありますが、競合を排除するという点ではアーカー氏の仮説に似ています。

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『BRAND RELEVANCE』の事例である「発泡酒」や「第三のビール」のような万人が新カテゴリーとして認識するものが作れなかったとしても、購入後の体験を通じて購入者だけにでも新たなカテゴリーを認識させることができるのではないでしょうか。デジタルエクスペリエンスを通じて製品機能以上の体験を提供すれば、競合を排除することができるのではないでしょうか?

デジタルエクスペリエンスがブランドに与える影響

最もわかりやすい事例はNike+とNike Fuelbandでしょう。実験的な取り組みとして始まったものの、今ではNikeブランド自体の方向性を再定義しつつあります。NikeのデジタルスポーツVP、ステファン・オランダー氏は今年のカンヌで「今まで、商品の購入は関係の終了を意味していた…今ではどんなNike製品の購入も消費者との関係構築の始まりでなければいけない」と述べました。Nikeはスニーカーの新カテゴリーを創出したわけではありませんが、デバイスによる測定やソーシャルメディアへの共有という購入後のデジタルエクスペリエンスを通じて「デジタルスポーツ」という全く新しいカテゴリーを築きました。

私の周りにはNike+やFuelbandの体験をアシックスのスニーカーで楽しむ人もいます。しかし、多くの体験者はこのデジタルエクスペリエンスを通じて、Nikeのスニーカーをその機能性だけで他ブランドと比較する事無く、継続的に購入し続けているのではないでしょうか。

今でこそ独自カテゴリーの面影はありませんが、TOKYO GIRLS COLLECTIONもデジタルエクスペリエンスを通じて新カテゴリーを築いたブランドです。来場者は単に芸能人が出演するファッションショーやアーティストのライブを見るだけでなく、携帯からその場でランウェイの洋服を購入することが出来ました。実際のセールスボリュームは決して大きなものではありませんでしたが、その革新的なブランド体験がファンの獲得に役立っていたことは間違いありません。残念ながら今ではこのデジタルエクスペリエンスは存在せず、TOKYO GIRLS COLLECTIONはTBSのTOKYO RUNWAYや吉本興業のSUPER G!RLS FESTAなど、多くの類似イベントに埋没してしまっています。

商品機能を補完するデジタルエクスペリエンス

最近の事例ではヘルシアの12週間チャレンジが注目を浴びました。12週間飲み続け、毎日体重と歩いた歩数をスペシャサイトやスマートフォンアプリで記録するという内容です。結果はTwitterアカウントにつぶやかれ、友だちから応援を得ることができました。単に「脂肪を消費しやすくる」という製品機能を「ダイエットが続けられ、痩せたことが実感できる」というブランド体験へと補完しています。これを実際に体験できた人は数万人かもしれませんが、その人達は間違いなくヘルシアを独自カテゴリーとして認識し、購入時にその機能を他のお茶と比較することはないでしょう。

多くのブランドにとってヘビーユーザーは売上の大半を占め、比較的アクセスしやすいセグメントです。全ての消費者に新カテゴリーを認識させることができなくても、ヘビーユーザーのロイヤルティを更に向上させることができればビジネスは改善します。そして、顧客自身がメディアである今、それこそが更なる新規顧客の獲得にもつながるのではないでしょうか。

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単なる製品の機能だけでは常に競合と比較され、ブランドスイッチのリスクが生じます。しかし、デジタルエクスペリエンスを通じて、機能の新しさなどに依らないより本質的なブランド体験を提供することができれば、他社の製品は検討されにくくなり、ブランドロイヤルティが生まれます。新たなカテゴリーを創出するためには、先ずは対象となる製品の機能をテクノロジーがどのように補完することができるのかを考えるべきなのかもしれません。