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未来の描き方 〜ビジョンを持つ

音部 大輔 /

本記事は資生堂ジャパン株式会社 執行役員 マーケティング本部長(CMO)の音部大輔氏による寄稿記事となります。

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無目的について

そもそも人間は無目的に生まれてきます。もう少し正確にいえば、目的を認識しない状態で生まれてきます。認識能力が高まるにつれ、多くの人は何のために生きているのか、といった人生の根源的な疑問を持つようになります。思春期の頃に、何だかよくわからないまま「哲学」が気になったりもします。学校を出て就職し、あるいは自分で仕事を始めたりする頃には、この疑問には慣れっこになって、頻繁に意識に上ることも減ってくることでしょう。実際、この疑問に答えを持たなくても大きな問題は発生しないことが、経験的にも分かってきます。人生の目的は曖昧なまま、社会の一般的な期待に応えることに集中していきます。とりあえず目の前の試験に受かり、とりあえず目の前の仕事で大きな失敗をしないようにしておけば、毎日はそれなりに平穏に過ぎていきます。去年と同じような今年が過ぎ、同じような来年がやってきます。それはそれで、とても人間的で素晴らしいことだと思います。

同様に、目的が曖昧なまま仕事をしていると、具体的なプロジェクトやビジネスアクションについても、明確な目的を意識しないままで平気になっていくのかもしれません。今年も春に新商品の導入があったし、去年にも新商品の導入があったので、来年も同時期に新商品導入を企画しないと、といったきっかけでプロジェクトをスタートするのは、めずらしいことではありません。

去年の企画が来年の企画を始めるきっかけでも問題ありませんが、なぜこのプロジェクトを始める必要があるのか、という目的を明示していた方が「成功」を導きやすいことは事実です。成功とは、予定を実現し、期待を超えていくことです。目的なく実行してしまうと、成功したのかどうか、本当はうまく判断できません。それなりに売れたから成功、赤字が出たので失敗、と漠然と判断してしまうかもしれません。心地よい疲労感とチームの一体感が、見事な達成感をもたらします。でも、それだけではビジネスとして「成功を管理できているか」というと、そうではありません。成功を管理するためには、成功を測る指標である「目的」を明確にすることが不可欠です。適当に売れていたとしても、本当はもっと売れたかもしれません。赤字になってしまっていたとしても、効果的な回復策によって大赤字を回避した成果かもしれません。

目的あるいは目標の根拠

目的は記述的であるかもしれませんが、それを数値化し、解釈の余地なく表したものを目標と呼びます。「リピート率を持続的な利益成長を維持できるレベルまで上げる」という目的に対して、「リピート率を現在の25%から30%まで改善し、かつ、利益率は現在の10%を持続的に成長させるため11%を目指す」という目標を設定する、といった事例などがあるでしょう。両方を明確にしておくことは、成功を定義することと同義です。ここでは、リピート率が30%になり、かつ利益率が11%以上であれば成功です。売り上げやトライアル率が多少下がったとしてもいいのです。もし、売り上げやシェアも重要なのであれば、そのように設定しておきましょう。これで、何をすればいいのかが確定できました。課題が定義できた時点で半分は解けたようなものだ、という言い回しがありますが、目標の設定でも同様です。成功の定義ができれば、半分は達成できたようなものです。

難しいのは、なぜその目的や目標が「正しい」目的や目標であるのか、根拠を示すことです。ここでは、なぜリピート率であり、なぜ利益率なのか。なぜトライアル率やシェアではないのか。プロジェクトごとの目的や目標設定をするときに、重要な根拠となるのが組織のビジョンです。

ビジョンの役割

ビジョンの重要な役割は、プロジェクトごとの目的の正当性を説明する根拠を提供することです。それぞれのプロジェクトは、組織や企業のビジョン達成に貢献するから実行する意義があるのです。組織や企業のビジョンに寄与しないプロジェクトは、その組織や企業が積極的に実行する理由に欠けます。ビジョン達成に必要ではないのですから、やらなくていいプロジェクトと言っても過言ではありません。

プロジェクトの正当性を担保する以外にも、ビジョンが明確であるといいことがあります。社内外のステークホルダーに、組織が目指す状態を明示できます。「我々は何を実現するために存在しているのか。」この質問は、冒頭の「なんのために生まれてきたのか」に似ています。人間と違い、企業は何年でも何百年でも存続することが可能です。生物学的な寿命がないから当然です。ブランドも同じことです。いずれも細胞分裂の回数で規定されるような、あらかじめ定められたライフサイクルを持ちません。経営学では企業の普遍的な目的は存在である、という考え方があります。株主価値至上主義の会社や、消費者満足至上主義の会社で働いていると、「企業の存続が至上目的だ」と言われると少しばかり驚きます。とはいえ、寿命が決まっていないのであれば、存在を続けるというのは組織の至上目的として理解できそうです。

せっかく永続するのであれば、どのような存在として存続したいのかを示すことで、企業を取り巻くいろいろな協力を得やすくなることでしょう。組織は人で構成されていて、人で構成された社会の中に存在しています。自由意志を持った重要なステークホルダーから効果的に支持を得るためには、自分たちがどのように支援して欲しいのか理解してもらわなくてはなりません。ビジョンを示すことで、それが分かりやすくなります。

また、支援をする立場からすれば、支援の見返りがわかっていた方が支援のしがいも強くなります。世の中や自分にどのような貢献があるのか、分からなければ支援しようという気にもならないでしょう。社員にどのようないいことがあるのか。取引先や消費者にどのようないいことがあるのか。社会にどのようないいことがあるのか。これらは、ビジョンで示すことができます。

いいビジョン

目的や目標は、その正当性をビジョンに依存していると説明しました。ビジョンがないと、単体のプロジェクトの目的の正当性が不安になるだけでなく、複数のプロジェクト間の一貫性も保てなくなります。このプロジェクトがあのプロジェクトと相乗効果を発揮できると、有限な資源を効果的に使うことにつながります。

では、ビジョンは何を持ってその正当性を担保すればいいでしょう。言葉の定義の問題でもありますし、様々な考え方があると思われますが、私はビジョンには理屈や論理的な説明はいらないと考えます。ステークホルダーがそのビジョンを聞いた時に、「あぁ、素晴らしい。それを実現したい。」と共感できれば十分です。言い換えれば、説明抜きに共感できるか否か、がいいビジョンか否かの分かれ目であると言ってもいいでしょう。説明がない分、楽に作れるようにも思えますが、説明がなくても共感できるように作るのはそれなりに難しいものです。

また、説明力の強さも重要です。「お客様第一」、つまり顧客満足を至上の価値とするのもいいですが、そのためには全ての活動をお客様第一で説明できるようにしておく必要があります。例えば、「お客様は低下価格で高品質な商品を望まれているけれど、利益が出ないので価格を上げないといけない」といった説明が現実的には発生しそうです。でも、これではお客様第一ではなく、利益第一ですから、明らかにビジョンに反しています。これではちょっと白けてしまいます。利益が重要なのであれば、ビジョンに利益の話を入れておくべきでしょう。

では、お客様第一や顧客満足至上主義は営利団体のビジョンとして成立しえないのか。そんなことはありません。企業の普遍的な目的は永続ですから、お客様第一も永続性とともに説明されるべきです。顧客満足を持続的に最大化し続けるためには、単年度の顧客満足度を最大化するだけでは不十分です。今年もそうですが、来年も再来年も何十年後も、顧客満足を最大化し続けるためには、毎年相応の利益を確保して将来の顧客満足を担保しなくてはなりません。そのためには、新商品の開発や社員の育成を続けることが不可欠です。こうした説明であれば、ビジョンとの一貫性を担保できます。

ビジョンの作り方

ビジョンの作り方は一つではないと想像しますが、①組織長の意図を表す、②組織の成員の願望を体現する、そして③社会の期待に応える、という三つの要素が含まれていると共感しやすくなると思われます。そして、その意図や願望や期待は、「企業や組織が存在する場合と存在しない場合で、それぞれのステークホルダーや世の中にどのような変化を期待できるか」という問いに答えることで明確にできるでしょう。ビジョンは、「ある場合とない場合の差」を最大化することです。一つの文章で示すことができればそれに越したことはありませんが、三つに分かれていても良さそうです。

表現としてはシンプルで、あまり解釈の余地がないのがいいでしょう。時代を超えて存在するためには、それぞれの時代に即した解釈の余地を残していると時代を超えて適応しやすいと思われます。とはいえ、詩のように読む人によって解釈が変わっては困ります。ビジョンは魅力的であるべきですし、士気を鼓舞するものでもありますが、詩ではありません。

共有する

ビジョンを具現化するためには、組織内に浸透させる必要があります。端的で覚えやすい文章で示し、折に触れて言及し、覚えてもらうようにしましょう。組織の成員それぞれが、ビジョン達成のために何をすればよさそうか、自発的に考えられるようになればとても良い兆候だと言えます。

まとめ

ビジョンは説明抜きでも共感できる詩的な装いの論理的なステイトメントです。うまく設定することで、組織に存在理由を提供し、各プロジェクトに正当な目的を与えることができます。組織の成員の士気を高め、顧客を含めたステークホルダーから支援をしてもらうのに役立ちます。どのような変化を社会にもたらしたいのか、じっくりと考えてみましょう。