
ベルギー王室御用達としても知られるゴディバは、1926年にブリュッセルで創業し、いまでは世界中で愛されるプレミアムチョコレートブランドとして知られています。日本では1970年代に百貨店に登場して以来、現在では350店舗以上(2025年7月現在)を展開。チョコレートに加えて、焼き菓子やアイスクリーム、ドリンクなど、販路を広げてさまざまなラインナップで親しまれ、その味を、一度は体験したことがあるという方も多いのではないでしょうか。
今回登場する「ゴディバ マルシェ」も、そのひとつ。「チョコレートのあらたな魅力に出会えるマルシェ」というコンセプトに基づき、国内外のシェフや銘菓とコラボレーションして生まれたスイーツを定期的にリリースしています。
実はこの「ゴディバ マルシェ」、もともとは「ゴディバ マンスリー シェフズ セレクション」という名前で展開されていました。「ブランドのコンセプトを明確にし、その魅力をしっかりと伝えたい」という課題に対し、FICCは、ゴディバ社内のメンバーとのワークショップを通じて、ブランドコンセプトを再定義するプロジェクトをご提案。最終的に、ネーミングやロゴ開発、商品パッケージや什器のリニューアルまで一貫してご支援するリブランディングプロジェクトへと発展しました。
社内の関係者が部門を越えて連携しながら進めた今回のプロジェクト。クリエイティブのアウトプットまで見据えて、「ゴディバ マルシェ」のプロジェクトチームが一丸となってブランドコンセプトを設計すること、そして、ブランド定義からクリエイティブまでを一貫して同じパートナーと進めることが、ブランドにどのような一貫性と効果をもたらしたのか。ゴディバ ジャパンの山本 恵莉さん(Emerging Business部)、鈴木 俊朗さん(マーケティング部 VMD)、FICCの天沼 竜矢(クリエイティブディレクター)、インタビュアーを務める木村 美央良(ブランドスペシャリスト)の4名が、プロジェクトを振り返ります。
ブランドの軸を言語化する ─ 部署横断で導いた「ゴディバ マルシェ」のコンセプト設計
──「ゴディバ マルシェ」の前身である「ゴディバ マンスリー シェフズ セレクション」は、どのような経緯で立ち上がったブランドだったのでしょうか?
山本:「ゴディバ マンスリー シェフズ セレクション」は、2021年6月に「スプーンで食べる生カステラ」という商品を一部店舗で試験的に発売したのが始まりです。「トレンドスイーツをゴディバ流にアレンジしお客様にお届けする」というテーマで開始しましたが、同年10月に一六タルトとのコラボレーションがヒットしたことをきっかけに、範囲を拡大し、銘菓とのコラボレーションも展開するようになりました。

──FICCとの取り組みのきっかけは?ご依頼当時、どのような課題を抱えていたのでしょうか。
山本:当初はナチュラルなトーンを基調に、店頭では木をイメージしたディスプレイとともに展開をしていたのですが、「パッケージが店頭で目立たない」という課題にぶつかりました。社内や顧客アンケートの声で、そのような評価が続いたんです。そこで、ビビッドな色を使ってみたりと試行錯誤を重ねましたが、そのうちにブランドとしてどうしていくべきか、迷走してしまって。
一方で、「マンスリー シェフズ セレクション」という名前が表す通り、月替わりでシェフと組んでスイーツを届けるという点はお客様に喜ばれていたので、その機能的な価値を活かしつつ、心を動かすような情緒的価値も感じられるブランドへ再設計したいと考えるようになりました。
FICCさんに依頼することを決めたのは、私たちのブランドに興味を持ってくださり、ご相談していく中で、ブランドの価値を一緒にブラッシュアップしていける感触があったからです。提案時からいい意味でビジネスライク過ぎず(笑)、お互いの感情を尊重しながら楽しんで進めていける感覚がありました。
──そうした期待を受けて、FICCとしてはどんな取り組みを提案していったのですか?
天沼(FICC):まずご提案したのは、ワークショップ形式で皆さんの「内発的動機」を引き出しながら、ブランドのあり方を言語化していくというアプローチです。この最初のフェーズでは、ブランドの独自性やビジョン・ミッション・バリュー(以下、VMV)といったコアバリューの整理に加え、ブランドの見せ方そのものの定義まで含むスコープで進めていきました。

ブランディングにおいて、私たちが大切にしているのが「ブランドに関わる一人ひとりの内発的動機」です。マーケティングでは、外部環境を起点にブランドの方向性を決める「アウトサイドイン」の視点が欠かせませんが、ブランディングにおいては、市場の変化にあわせてブランドの判断を都度変えていくことが、ブランドの軸を揺るがせてしまうリスクにもなり得ます。だからこそ私たちは、「自分たちは何を大切にしたいのか」「どんなブランドをつくりたいのか」といった、関わるメンバー一人ひとりの想いや意思、つまり内発的動機=インサイドアウトを起点に据えることが重要だと考えています。
さらに、ブランドを定義して終わりではなく、その後ブランドをどう育て、成果につなげていくのかまで視野に入れたときに、そのプロセスに誰がどう関わるのかは、非常に重要なポイントになります。その点も含めて、初期段階からお伝えさせていただきました。
──具体的にはどのようなプロセスを踏んでいったのでしょうか。
天沼(FICC):2023年度は、全7回のワークショップを通じて、ブランドに関わるメンバーの内発的動機を軸にブランドの独自性やVMVを再定義し、それを伝えるための世界観まで構築していきました。ただ、ブランドの主観(インサイドアウト)は軸としながらも、表現の方向性や理想的なユーザー体験の設計については、客観性を持った生活者視点や評価軸(アウトサイドイン)も取り入れながら、包括的にアプローチしていきました。具体的には、参加者全員で店頭に出向いて生活者の購買行動をロールプレイしたり、ユーザーの反応を見るためのコンセプト調査を行いました。こうしたプロセスで導き出された内容は、最終的にブランドブックとしてまとめました。

──実際にワークショップを通じてブランドを再定義してみて、いかがでしたか。
山本:コアバリューを部署横断で定義していったのはとても意義深かったです。ディスカッションを重ねる中で「日常をアップグレードする」というワードが出てきた時は、全員が強い納得感を共有できたように感じました。
──たしかに、皆さんが腹落ちしたなと感じるような瞬間でしたね。皆さんで取り組んだからこそ、その後の業務にもポジティブな変化があったのではないでしょうか?
鈴木:そうですね。今回のワークショップには、異なる部署のメンバーが参加していましたが、同じプロセスを共有してブランドへの共通認識が育まれたことで、その後の業務でもコミュニケーションが円滑になっています。あとは、やはり苦楽を共にした仲間としての人間関係がつくれたというのもメリットだったと感じています。

──カスタマージャーニーを作る際、実感を持って発散を行うために、実際の購買行動をロールプレイしたことも意義深かったのではないかとお見受けします。
山本:そうですね。私はマーケティングや商品開発に関わる仕事をしているので、日頃からお客様の気持ちになって店頭を見たり、いろいろな情報に触れることを意識しています。それでも実際に買い物をしてみることで、文字情報ではなく、視覚的な印象や瞬間的な“ときめき”で買うかどうかを判断しているという気づきがありました。

──今回の取り組みで、ブランドに対するご自身の想いや心境の変化はありましたか?
山本:ワークショップを経て、社内のメンバーが想像以上にブランドに対して、熱い想いを持っていることを知れたのが嬉しい驚きでした。自分は開発者として社内のメンバーの想いとともに商品として形にしていき、それをお客様に伝え提供していく立場なのだと、自分の中に“使命感”のようなものが強く芽生え、意識が一段引きあがった感覚があります。
コンセプトを「伝わるカタチ」に ─ 反応を活かし、磨き続けるクリエイティブ支援

──2024年度以降は、VI・クリエイティブ開発をご支援させていただいております。
ブランド定義を伴走したFICCが、その後のクリエイティブ領域まで一貫してご支援することのメリットについて、どうお考えですか?
山本:これまでのプロセスを共にしてきたこと自体に、大きな意義があると感じています。FICCさんは、ブランド定義の過程で私たちの間にどんな会話があったか、苦しいディスカッションも楽しいディスカッションも含めて、ブランドをどう再定義してきたかを深く理解してくださっている。
だからこそ、私たちのブランドの価値を最も的確に体現できる存在なのだと思います。たとえ他の支援会社さんから似たようなアウトプットが出てきたとしても、その背景にあるニュアンスや伝わり方はまったく異なってくると思うんですよね。
──リニューアルしたクリエイティブを受けて、社内ではどのような反応がありましたか?
山本:店舗スタッフからは「かわいい!」という声ももらっています。デザインに統一感が出たことで、世界観との一貫性が生まれ、お客様が商品を選びやすくなったという声もありました。このカテゴリーは、従来のゴディバ商品のギフティング需要とは異なる「自分のために買う」という位置づけでスタートしましたが、ターゲットに刺さるクリエイティブにすることで、よりそれが明確になりました。また、店頭においても他の商品とは異なるクリエイティブであることから、新しさや独自性が伝わりやすくなったと感じています。ただ一方で、中身が分かりづらい、といった声も店舗スタッフから受けていますので、ベースの世界観は担保した上で、より分かりやすいデザインを模索し始めています。

──店頭における変化はいかがでしょうか?
鈴木:リニューアルに合わせて、FICCさんには店頭什器も開発していただき、「ゴディバ マルシェ」の居場所ができたと感じています。今までは他の商品ラインナップと一緒に陳列されていたのですが、専用の什器を開発し設置したことにより、「ゴディバ マルシェ」は他のゴディバのラインナップとは違う位置付けなのだという認識が社内にも店頭にも浸透してきています。店頭スタッフからも「什器があることで高級感が出た」「商品の見え方が良くなった」といった声もあり、店舗での受け止め方にも良い変化がありました。

──お客様の購入動機に変化は見られましたか?
鈴木:スイーツをギフトとして購入するという動機から、日常的な用途で手に取られるようになってきていると感じます。ゴディバも、「日常のご褒美」など自分用のニーズへの対応も強化しています。これは「ゴディバ マンスリーシェフズ セレクション」開発当初から変わらないコンセプトですが、リブランディングによって、ギフトとしても、日常へのご褒美としても購入しやすい気軽さを表現できるようになったことで、ゴディバが強化していく方向性や市場のニーズに応えていけているように感じています。社内におけるモデルケースとしても認識されています。
天沼(FICC):マーケティング視点で考えると、少子高齢化などの社会構造の変化を踏まえた時に、いかに接触頻度を高め、ブランドを想起してもらうためのカテゴリーエントリーポイントを増やしていけるかが重要になってきます。そういった意味で、「ゴディバ マルシェ」の取り組みは時代の流れと合致していますよね。
山本:そうなんです。もともと日本市場で次々と変化するトレンドに柔軟に対応していくために生まれたという背景もあります。ゴディバの商品は開発に時間がかかっていたこともあって、マーケットにフィットした開発の仕方をしていこうというのが「ゴディバ マンスリー シェフズ セレクション」の出発点であり、現在の「ゴディバ マルシェ」にもつながっています。

──リブランディングされた「ゴディバ マルシェ」が店頭に並び始めてしばらく経ちますが、反応はいかがでしょうか?
山本:新しいパッケージデザインは、「手にとってワクワクするか」「日常をアップグレードするブランド」という視点がよく表現されていて、リニューアルして本当に良かったと感じています。
実際に新しいコンセプトで作ったパッケージを世に送り出してみると、成功することもあれば、店頭の状況によっては手に取っていただくのが難しいケースもあります。ただ、それぞれの反応から得られる学びを積み重ねて、ブランドの世界観を崩すことなく伝えていく方法をブラッシュアップしていけたら良いなと考えています。
天沼(FICC):店頭での反応から改善点を見つけていくことは、ブランドを育てるうえでとても大切です。コアとなるデザインルールは守りながら、柔軟にアップデートしていきたいと考えています。
木村(FICC):もともとこのブランドは「毎月スイーツを届ける」というコンセプトで始まっていますが、早いサイクルで商品開発を重ねていけるということは、都度の経験や学びをすぐに現場で活かしていくことができるというメリットがありますよね。お客様や従業員の声に耳を澄ませて、PDCAを回しながらみんなでブランドを育てていくことができるのも「ゴディバ マルシェ」の大きな特徴ですね。

リブランディング後も続く、「ゴディバ マルシェ」の挑戦とFICCとの共創
──今後「ゴディバ マルシェ」をどのように展開していきたいと考えていますか?
山本:まだ「ゴディバ マルシェ」というブランドをお客様へ十分には浸透できていない状態ですので、まずはこの新しいブランドコンセプトを伝えていきたいですね。「ゴディバ マルシェ」の世界観だけではなく、ブランドがお客様の日常にどう貢献できるのかという部分を発信していくことが大事だと考えています。
魅力的な商品を定期的にお届けすることで、「次はどんな商品が発売されるのかな」と楽しみにしていただくお客様が増え、認知につながっていければと思っています。時間はかかると思いますが、着実に進めていきたいです。そしてやはり、プロダクトがあってこそのブランドなので、自分自身も常にアンテナを張って「チョコレートと見つける、新しい美味しい!」をお客様に感じていただけるような商品を提案していくことを大切にしていきたいです。

──今後、FICCと共創していきたいことはありますか?
山本:常にアップデートをご一緒にしていけたらと考えています。先ほどもお話ししたように、ブランディングからクリエイティブまで、最初から伴走してくださっているチームだからこそ生み出せるものがあると思うので、その関係性をこれからも大切にしていきたいです。
鈴木:これからのゴールは、「お客様に『ゴディバ マルシェ』というブランドをどう伝えていくか」というところだと思っています。そして、お客様の声から何かを生み出していけると良いなと考えています。
山本:アンケートを通じて、日々たくさんのお客様の “生の声” をいただくので、そうした声をこれからもブランドに活かしていきたいです。
天沼(FICC):ブランド体験自体をどう設計していくか、という部分はまだ取り組めていない領域なので、そこもぜひ一緒に取り組んでいけたらと思います。
これまでのワークショップなどで作り上げてきたメカニクスはあるので、それを実践につなげていけたら良いなと思います。「ターゲットにどう届けるか」「パッケージだけでなく一連のブランド体験をどう作るか」という包括的な体験設計・コミュニケーション設計までご一緒していけると、ゴディバさんとしてもビジネスの成長につながっていくはずだと考えています。会社としてはもちろん、「ゴディバ マルシェ」というブランドそのものに、まだまだポテンシャルがあるように感じています。

──最後に、これまでの取り組みを通じて感想やメッセージなどあればお願いします。
鈴木:とにかく「すごく楽しかった」というのがいちばんの感想です。スタート時から皆さんの熱量がすごかったのが印象的ですが、その熱量を保ったまま、長期にわたって私たちをリードし続けてくださったことに感謝しています。
そのお陰で、チームでのディスカッションが非常に充実していましたし、いろいろな視点を知ったり、新たな発見を得ることができたりと、とても満足感のあるプロジェクトでした。
山本:本当にそうですね。FICCさんの立ち位置が絶妙で、社内の考え方に入り込みすぎずに、客観的に議論を見てくださる時もあれば、ゴディバの社員なのではというくらいしっかり一緒に考えてくださる場面もあって。そのバランスが良かったように感じています。距離が近すぎると、エージェンシーさんとして入っていただく意味が薄れてしまいますし、逆に距離があるとビジネスライクになりすぎてしまう。そのちょうど中間の位置で、伴走してくれる存在でした。
天沼(FICC):僕らとしても、支援会社として果たすべき役割の一つは、「社内では気付けないところに視点を投げられるか」だと考えています。
もちろん、社外だからこそ持ち込める新しい視点やアイデアもありますが、本当に大事なものは、すでにブランドの中の人たちが持っているはずなんですよね。その“すでにあるもの”を発掘したり、紐づけたり、磨いたり、あるいは、強みだと思っているところとは別のところに強みを見つけたり ーーそんな気づきを得ていただくことに、僕らが介在する意義があると考えているので、それを感じていただけたのだとしたら、やってきて良かったなと強く思います。
山本:商品そのものやパッケージデザインをはじめ、いろいろなことに冒険やチャレンジをしていけることは、「ゴディバ マルシェ」の大きな魅力の一つだと考えています。これからも「ゴディバ マルシェ」のさまざまな挑戦を、ご一緒に重ねていくことができれば嬉しいです。
*1 ゴディバが開発したチョコレートドリンク
撮影:丸山 駿