
ブランドは、まず社内で育てられるものです。どれほど魅力的な広告やPRを打っても、社内のメンバーがその価値に腹落ちしていなければ、ブランドは表層的なものに留まります。
ブランドの力が本当に発揮されるのは、社員や販売スタッフ、パートナーといった関係者一人ひとりが、ブランドの価値を理解し、自らの言葉と行動で体現している時です。しかし「ブランドステートメントはあるけれど、現場には伝わっていない」「ブランドの理念を、社員が自分の業務とどう結びつければよいか分かっていない」といった課題は、多くの組織で見られます。
ブランドの提供価値を“自分ごと”として理解し行動に落とし込むには、実感を伴う「しかけ」が必要です。そこで、特にリブランディングのように新しい提供価値を組織に浸透させる場面で効果を発揮する、シンプルかつ力強いしかけとして、「未来の顧客からの手紙」というコミュニケーションツールをご紹介します。
ブランド理解の手掛かりとなる「手紙」
ブランドの根幹にあるべきは「このブランドに触れることで、顧客がどう変化しているか」「その変化は、どのような未来につながっているか」といった、価値提供のビジョンです。
そして、それを定義した後「誰に届けるか」を具体的にイメージできるように、ペルソナやブランドターゲットを設定することが一般的です。しかし、こうした人物像の定義は、あくまでマーケティングやプロダクト設計のための指針です。
従業員やパートナーといったブランドのビジネスを実行する人たちが、ブランドの価値や影響を “実感” するには、顧客のプロファイリングではなく、顧客からのフィードバックが必要になります。
しかし、リブランディングのようにまだ顧客が存在していない場合には、そのフィードバックを得ることができません。
この「まだ声なき顧客の存在」を、感情を伴って仮想的に描くのが、「未来の顧客からの手紙」です。
顧客像に “体温” を与えるストーリーツール
「未来の顧客からの手紙」は、ブランドに触れた“未来の顧客”が、関係者に宛てて書いたという体裁の仮想の手紙です。そこには、顧客がブランドと出会い、どのような変化を経験し、今どんな暮らしをしているかが本人の言葉として綴られています。
ペルソナが理想的な“顧客像”を示すのに対し、この手紙は、ブランドの価値が顧客の人生にどう影響したかを感情を伴って伝えるツールです。ここに綴られる“変化”は、ブランドが生活者に届けたい価値や目指す未来像を象徴し、それを従業員が自分ごととして捉える助けになります。
たとえば、ある調理家電ブランドが「料理の手間を軽減しながらも、手作りの温かさを日常に取り戻す」という価値を掲げているとします。このブランドが描く理想の姿は、「顧客が、忙しい日々の中でも食事の時間を大切にし、心豊かな時間を過ごせている」ことかもしれません。
そのような“顧客の未来”を手紙という形で受け取ることで、従業員は「どんな価値が望ましい変化を生むのか」を実感として理解しやすくなります。
たとえば、こんな一通が考えられます:
拝啓、〇〇ブランドの皆さま
子育てと仕事に追われる毎日。夕食の準備は、いつも「早く済ませなきゃ」という気持ちでいっぱいでした。
そんな時に出会ったのが、〇〇の調理家電でした。
具材を入れるだけで、一品がちゃんと仕上がる。その余白で、子どもと会話する時間が生まれました。
「今日はこれ、ママが作ったの?」と子どもが笑顔で聞いてくれたとき、
料理が“義務”から“喜び”に変わったことを実感しました。
私にとって〇〇は、台所の片隅にある便利な道具ではなく、家族の時間を守ってくれる、静かな相棒です。
本当に、ありがとうございます。敬具
このように、顧客のリアリティを伴ったストーリーとして描かれることで、ブランドの提供価値は抽象的な言葉ではなく、生活の中での変化や感情として立ち上がります。
関係者はこの手紙を読むことで、「自分の仕事が、こうした変化を生んでいるのだ」と腑に落ちる実感を得られます。

ブランドに関わる人を、勇気づける物語
スローガンやミッションは“理解”されても、“共鳴”されるとは限りません。ブランド活動を担う当事者にとって、ブランドの価値が本当に“自分ごと”になるためには、頭で理解するだけでなく、心が動くような瞬間が必要です。
“未来の顧客からの手紙”には、ブランドによってもたらされた変化が(仮想ではあるものの)実態のある言葉として綴られます。その言葉は、ブランドに関わるすべての人にとって、やりがいや誇り、そして勇気を与えてくれるものです。特にリブランディングなど、まだ顧客の実感が存在しないフェーズでは、この手紙がブランドの未来像を臨場感とともに共有する強力な手段となります。
「自分の仕事が、誰かの生活に小さな希望をもたらすんだ。」その実感があれば、目の前の業務はただの作業ではなくなります。
この「未来の顧客からの手紙」が、リブランディングの過程において、ステークホルダーの行動や意識を変えるきっかけとなり、ブランドの力が内側から育っていくことに少しでも貢献できれば幸いです。