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アテンションをアービトラージしたものが勝つ ― ギャリー・ヴェイナーチャックが考える2017年に求められる広告とは

荻野 英希 /
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Photo by https://www.garyvaynerchuk.com/

ギャリー・ヴェイナーチャック(Gary Vaynerchuck)は、Facebook、Twitter、Tumblrの初期の投資家であり、1999年から実家の酒屋をベースに立ち上げた、ワイン専門ECサイトwinelibrary.comの運営者。現在は従業員1000名を超え、トヨタやペプシコなど大手広告主のソーシャルメディア戦略を担当するデジタルエージェンシー Vaynermediaの代表も務めています。

また、世界的なスピーカーとしても知られ、各地のカンファレンスで彼の超合理主義とも言えるビジネス哲学を語っています。和訳されている著書などは少し古く、残念ながら日本語で彼の新鮮な物事の考え方に触れられる機会はとても少ないのが現状です。

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根っからの商売人であるギャリーは、現代の広告業界は不合理で、非効率であると言います。彼は、広告の目的を「できるだけ多くの人のアテンション(関心)を獲得し、クリエイティブ(新しく創造的な)な手法でブランドのストーリーを伝え、セールス(売上)を生むこと」と定義しています。クリエイティビティこそが優れた広告のもっとも重要な要素であると強調しながらも、ほとんどの広告主やエージェンシーは「アテンションの価格」というもうひとつの重要な係数を無視していると言うのです。今回はギャリーの数々のキーノートから、彼の広告に対する考え方についてまとめます。

2017年らしい広告を

私たちはいま、活版印刷以来最大の、コミュニケーションにおける技術的変革の真っ只中にいます。あなたのマーケティング戦略が、まだトラディショナルなメディア中心のものだとしたら、ただちにテクノロジーが生活に与える影響を理解しなければなりません。スマートフォンとソーシャルメディアは登場当初、そこまで重要であるとは思えませんでしたが、この10年で徐々に私たちのアテンションを支配しました。しかし、その浸透が比較的緩やかだったため、多くのマーケターはまるで茹でガエルのように、この大きな変革の意味合いに気づいていないのです。

私たちは身の回りに注意を払うことが難しくなるほど、スマートフォンに集中しています。テレビのCM中、電車内、路上、そして店内でも多くの人が常にスマートフォンを見ており、もはや広告に全神経を集中するということはありえません。しかも、スマートフォンとソーシャルメディアのおかげで、生活者のアテンションは、巨額な広告予算をもったブランドだけでなく、誰でも簡単に獲得できるようになってしまいました。いまや、重大なニュースも、トラディショナルなメディアが報じる前に、友達が自分のタイムラインに直接シェアしてくれる時代です。ソーシャルメディアは私たち自身を、すべての情報をカバーする、世界的なメディアネットワークへと変えてしまったのです。

私たちは、お互いが発信するコンテンツを積極的に消費し、自らのアテンションをとても希少なものへと変化させました。いまではその対象も素早く移り変わり、現在インスタグラムに向けられているアテンションも、数カ月後にはどこか別のところにあるかもしれません。マーケターとして、私たちはテレビCM、PR、イベント、ショッパー・マーケティングなど、特定のコミュニケーションチャネルの知識とスキルを習得するために、多くの時間を費やしてきました。しかしながら、今日私たちのアテンションの大半が向いているスマートフォンやソーシャルメディアに、積極的に時間を投資したマーケターは少ないのです。自分が大切な時間を費やしたチャネルに名残惜しさを感じるのは無理もありません。しかし、もはや十分にアテンションを獲得できないチャネルに執着する気持ちが、私たちを時代遅れなマーケターにしているということも理解すべきです。

アテンションのアービトラージ(さや抜き)

ブランドのストーリーは、マーケターが語りやすいと感じる場所ではなく、生活者に聞いてもらえる場所で語る必要があります。マーケターはそのために、自らのスキルを時代や環境の変化に順応させ、常に新しいスキルを習得しなければなりません。スマートフォンと現代の生活者は、マスマーケティング時代のメディアやオーディエンスとは大きく異なります。生活者は、1日のなかの無数の場面で、知人のアップデート、ニュース記事のタイトル、写真や、短い動画などのマイクロコンテンツを消費しています。このようなマイクロコンテンツは、いままで退屈だった細切れのスキマ時間にも充足を与えてくれる、とても大切なものなのです。

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私たちがマイクロコンテンツを楽しむ時間は、ほんのわずかしかありません。電車のなか、会議の合間、短時間のコーヒーブレーク。忙しい現代の生活者には、1日を通じてまとまった自由な時間はなく、常に何らかのタスクに追われています。だからこそ、私たちは娯楽を邪魔をされるのを我慢することができず、条件反射的に広告を避けるようになったのです。ブランドのストーリーは、私たちの好みのプラットフォームで、私たちの都合の良い時間に、私たちが楽しめるマイクロコンテンツとして提供されなければ、一切私たちには届かないのです。

新しいソーシャルネットワークが多くの生活者に注目されても、大抵のマーケターはその有用性を疑います。掲載されているコンテンツは素人臭く、まだユーザー数が少ないため、低い費用対効果や、ブランド毀損などのリスクを感じるのでしょう。しかし、トレンドに敏感で、ソーシャルメディアで積極的に情報発信を行うユーザーが、新しいプラットフォームが提供する体験に強い関心を寄せているのです。有能なマーケターならこのチャンスを見逃すはずはなく、より優れた、価値あるコンテンツを提供する方法を考えるでしょう。コンテンツが受け入れられれば、その体験はTwitterやFacebookのような、確立されたプラットフォームにもシェアされ、珍しいメディアの現象として、ブロガーやレポーターが記事にしてくれます。新しいプラットフォームで、良質なコンテンツを提供すれば、まだ誰もやっていないという単純な理由だけで、多くのアテンションを、低コストで獲得することができます。この「アテンションのアービトラージ(さや抜き)」を見つけ出し、投資を集中させることこそ、広告のリターンを飛躍的に伸ばす方法なのです。

マーケターがすべてをダメにする

このような利点を踏まえれば、新しいプラットフォームには、ただちに多くのマーケターが飛びつき、有効なコンテンツを大急ぎで模索しはじめるはずです。しかし、実際は皆、プラットフォームのメインストリーム化を実感するまで投資を先延ばしにします。確かにそのころには多くのユーザーがいるかもしれません、しかし、ユーザーはプラットフォーム独自の体験や、コンテンツ、広告にも慣れており、もはやそのアテンションを大きくアービトラージすることはできないのです。

マーケターは、広告で生活者のアテンションを追い求め、すべてをダメにしてしまいます。あからさまな広告は、私たちのアテンションを薄れさせ、どんなプラットフォームからも、その魅力を奪い去ってしまうのです。しかし、あまりに大きな変革をもたらすテクノロジーが、長期に渡って私たちのアテンションを獲得し続けることがあります。これがGoogleとFacebookです。Adwordsがはじめて登場したころ、キーワードの価格は現在の数十分の一でした。登場当時に、積極的な投資を行った企業はどこも、検索という極めて強いアテンションを低価格で大量に買い付けることに成功したのです。

現在、生活者にとってのインターネットは、検索中心のWebから、情報が自動的にフィードされてくるソーシャルメディアへと変わっています。そしていま、もっとも大きなアテンションのアービトラージが期待できるのがFacebookです。同社のCEO マーク・ザッカーバーグはアテンションの価値を熟知しており、インスタグラムを10億ドルで買収し、Facebookにアテンションの最大化を目的としたデザインやアルゴリズムを展開するなど、その獲得を追求し続けています。その結果、現在Facebookには人類史上最大のアテンションが集まっており、ほかのプラットフォームよりもはるかに高い広告効果が約束されています。

時間を奪わない広告

広告はいままでずっと、私たちの時間を奪ってきました。本来したかったことに無理に割り込み、何かを売りつけようとします。しかし、スマートフォンをもった現代の生活者は、そのアテンションを向ける多くの選択肢をもっており、邪魔されることなく娯楽を楽しむことができます。いままで何気なく広告を見ていた細切れのスキマ時間が、より有益な事に活用されはじめ、突然価値をもつようになったのです。だから、現代の生活者は、短いスキマ時間さえもあからさまな広告に奪われることを拒むのです。スマートフォンとソーシャルメディアの時代では、どんなに優れた広告も生活者の時間を奪うものはすべて、悪い印象を与えるか、無視されてしまうのです。

生活者が娯楽を楽しむあいだに語りかけたいのであれば、広告は楽しめる娯楽でなければなりません。ニュースを読んでいるときにはニュースであり、友人や家族と話しているときは、会話のトピックでなければならないのです。プラットフォーム上のコンテンツが提供する価値と、その形状を真似るネイティブ広告は、生活者に時間を奪う印象を与えません。現代のマーケターは、ストーリーの伝え方だけでなく、生活者が好むプラットフォームの体験を、うまく再現する方法を考える必要があります。

何気ない無価値な時間を奪ってきた広告の時代は、スマートフォンの登場とともに終わり、時間に見合った価値を提供しなければ、視聴すらしてもらえないものになりました。広告は、生活者の行動に割り込み、時間を奪うものから、提供価値の対価としてアテンションを受け取るものへと変わらなければならないのです。

価値あるコンテンツ

スマートフォンとソーシャルメディアは、生活者に情報発信力を与えましたが、同時に多くのノイズ(雑音)も生み出しました。ノイズを打ち破れなければ、生活者にストーリーを聞いてもらうことはできません。提供価値の対価として得られる希少なアテンションを、広告の量や、コンテンツの発信頻度で獲得しようとしても無駄です。もちろん量も大切ですが、質が低ければさらなるノイズを生むだけです。大抵のブランドが投稿するコンテンツは、バナー広告と同じくらいつまらないものばかりです。退屈なコンテンツを発信していては、魅力的で、共感できるブランドとして感じてもらうことができないばかりか、生活者に見向きもしてもらえないのです。

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Red Bull TV https://www.redbull.tv/

レッドブルやスターバックスは、すでに世界的なメディア企業と張り合うほど、魅力的なコンテンツを作っています。もちろん、すべてのブランドが映画のような大作を作れません。しかし、マス広告に投資しているブランドであれば、生活者が少しのコストや時間をかけてでも、もち帰りたくなるような、ローカル誌くらいのコンテンツは簡単に作れるはずです。個人がコンテンツだけでトラディショナルなメディア以上の影響力を得られる時代に、はるかに多くのリソースをもつマーケターにできないはずがありません。

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Starbucks Coffee Instagram https://www.instagram.com/starbucks/

コンテンツは必ずしもブランドや商品に関する内容である必要はありません。オーディエンスが熱中しているテーマであれば、どんなものでも構わないのです。重要なのは、購買行動を喚起する広告を届ける前に、生活者が求めるコンテンツを継続的に配信し、ポジティブな関係を構築しておくことです。たとえば、ターゲットが好む音楽やカルチャー、関心の高いニュースについて、ブランドが理解をしていることを示してみましょう。何も売り込もうとしていなければ、生活者はそれを理解し、ブランドをより身近なものとして感じるはずです。継続的に提供されるマイクロコンテンツに価値を感じる人は、格段にそのブランドの広告を受け入れやすくなります。ソーシャルメディア戦略などというものを、あまり難しく考える必要はありません。それは「買ってもらう前に、できるだけ与えておく」くらいのものでいいのです。

コンテンツに時間をかけること

質の高いコンテンツを作るためには、たくさんの資金よりも、時間が必要になります。マーケターは定期的なコンテンツを配信するために、意識的に多くの時間を割かなければなりません。生活者は、1日のメディア接触時間のほとんどをスマートフォンに費やしているのに対し、マーケターがコンテンツの作成に費やす時間はごくわずかです。プラットフォームごとに存在する独自の特性を学び、それぞれで最適なコミュニケーションが行えるようにならなければ、生活者が求めるコンテンツを発信することはできません。

誰もが「デジタルで出遅れている」と感じる主な理由は、広告を作るのに忙しすぎて、優れたコンテンツの制作に投資をしていないからです。デジタルで結果を出したければ、メディア企業のような発想をもち、コンテンツ制作に時間をかけなければなりません。大きな予算よりも、生活者が手にとって読みたくなるコンテンツを考え、さまざまなアイデアをテストする時間の方がはるかに大切なのです。ソーシャルメディアに成功法や方程式は存在しません。重要なのは多くの実験を通じてソーシャルメディア上の語り手として、自らスキルを習得することです。現時点ですでに文章を書くのが得意な人、写真や映像が上手な人もいるでしょう。そのスキルを存分に活かし、アテンションを得ているプラットフォームに適合させるのです。得意なコンテンツの制作に費やした時間は、マーケターにとって最強の競合優位性になります。

コカ・コーラや、ペプシコなどの大手広告主は、すでにインハウスのクリエイティブスタジオを設置し、コンテンツ制作の人材育成に投資をしはじめています。スマートフォンとソーシャルメディアの時代では、生活者がアテンションの主導権を握っています。巨額なメディア予算をもつマーケターも、優れたコンテンツなしではそのストーリーを聞いてもらえないのです。現役であり続けたいマーケターは、自分の手のなかにある新しい現実から目を背けず、より良いコンテンツを提供するために、積極的に自分の時間を投資しなければならないのです。

※本記事はDIGIDAYに寄稿したコラムを転載しています。

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