データを価値ある資源に昇華させる雇用理由と社会的コンテキスト

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現在、DMPやCDP、MAなどの豊富なマーケティングソリューションが提供され、マーケティングにデータを活用することが当たり前になりました。事業規模にかかわらず、顧客のデータを何らかの形で保有している企業が増えていますが、データという定量的なデータを取得しても、具体的なマーケティング活動に活かしきれていないケースも多く見受けらるのが実情です。

そのような中、2020年11月11日に開催された宣伝会議サミット2020に、FICCメディア・プロモーション事業部長の稲葉優一郎と、DATUM STUDIO株式会社のマーケティング戦略部部長である市川真樹氏が登壇。「社会的コンテキストを無視したデータドリブンマーケティングは受け入れられない」というテーマで語られた当日のセッション内容に、FICCが理想としているマーケティングの考え方も織り交ぜながら、ご紹介していきます。

ターゲット選定がマーケティングの成否を決める

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社会的コンテキストの重要性についてご紹介する前に、なぜマーケティングにおいてターゲット理解が重要なのかについて、改めてご説明します。

一般的に、ビジネスにおいては人材や時間、お金などのリソースが限られています。そのため、すべての人へ無作為にアプローチしてしまうと、資源は枯渇してビジネスは失敗し、最悪の場合、会社が倒産の危機に陥ってしまう可能性があるのです。

しかし、将来に渡って会社の利益に貢献してくれる、投資対効果の高い「良いターゲット」を導き出せれば、こうした事態を避け、ビジネスを持続的に成長させられます。FICCでは、下記の要素をどちらも満たすターゲットを「良いターゲット」として定義しています。

  • 購買可能性が高い
  • 十分なボリュームがある

上記のように少ない投資で購買まで至り、かつマーケットボリュームのあるターゲットを見つけられるかどうかが、ビジネスを推進するマーケターの力の見せ所と言えるでしょう。

「雇用理由」がROIの高いターゲットを導き出す

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「高い購買可能性」と「十分なボリューム」のふたつを満たすターゲットを導き出す際に捉えるべき要素が、直接的な購入動機にもなる雇用理由、言い換えると、「そのサービスや商品で解決したいこと」です。

データとして一般的に取得されている年齢や性別、年収などのデモグラフィック情報だけでは、マーケティングの活性化には不十分と言えます。なぜなら、デモグラフィック属性は購買の直接的な理由にはならないからです。

例えば、「30歳だから車を買った」という説明は、因果関係が成立していません。車を買った理由は、「30歳になったから」ではないはずです。「30歳になって子供ができたから、一緒に遠出するために車を買った」など、「子供と一緒に遠出したい」ことこそが、商品を購入する直接的な因果、「雇用理由」だと言えます。

取得したデータから抽出した雇用理由を大まかに分類すると、現在アプローチしているターゲット群と雇用理由の相性から、購買可能性の高いターゲットを推察できます。最終的にはマーケットボリュームと購買可能性の高さでバランスを取りながら、目的に応じて投資領域を見極めていく必要がありますが、雇用理由を起点すると、適切な投資領域を見出していくことができるのです。

社会的コンテキストの変化を乗りこなすために

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これまで、雇用理由から投資対効果の高いターゲットが導き出せる理由をご紹介してきましたが、雇用理由が「社会的コンテキスト(文脈)」によって変化する点は、注意しなければならないポイントです。

人は社会のなかで生活しているため、社会の状況によってニーズが変わります。現在の社会はコロナ禍という世界規模の危機に直面しており、人々は外出を極力避けたり、マスクを着けたりするなど、安全な生活が脅かされている状況です。この状況において、様々な場面で、人々のニーズがコロナ以前よりも大きく変化していることは想像に難くありません。

例えば、以前はオフィスに通勤していた会社員が在宅勤務に切り替わった場合、インテリア性を重視した自宅の椅子では長時間座っていると腰が痛くなってしまうため、コストをかけて座り心地の良い椅子に買い替えるケースが容易に考えられます。また、外出する機会が減り、衣服への出費が減って実際にアパレル業界は大打撃を受けているなど、消費傾向は大きく変化しているのです。

FICCは、購買にいたるモチベーションは、「人々が『理想と現実の溝を埋めたい』と感じること」から生じると考えています。大きな社会の変化は、人々が「こうありたい」と考える理想を変えてしまうため、ビジネスにおける顧客ニーズへの影響も避けられません。もし、これまで自社のロイヤルユーザーだった顧客がいたとしても、コロナなどの社会変化がブランドから離反するきっかけになってしまうこともあります。

マーケターはこうした社会的コンテキストの変化を敏感に汲み取り、ブランドを無抵抗に弱体化させるのではなく、さらに成長するきっかけとして活用できるようになるべきです。

雇用理由がマーケティング全体の共通認識に

Photo by Austin Distel

雇用理由を軸にマーケティングを推進するメリットは、投資対効果の高いターゲットを抽出できるだけではありません。たしかに、デジタルマーケティングにおいては、ターゲティング精度の向上とボリューム確保がもたらすCPA低下による、ROIやROASの改善といったメリットもあります。しかし、雇用理由に基づいたマーケティングの本質的な価値は、この業界で表層化している、「関係者全員に共通認識を持たせる」という課題も解決できるのです。

マーケティングが浸透するにあたって、マーケティングが包括的に担っていた機能の細分化と分業化が進みました。新規獲得のきっかけを作るリードジェネレーションチームや購買意向を高めるナーチャリングチーム、顧客のロイヤル化を推進するCRMチームなど、マーケティング組織が分断され、それぞれの目標も異なってしまい、マーケティング活動全体が有機的に連携することが難しくなっているのです。

また、マーケティング施策もサイト運営から運用型広告、SNSアカウント、インフルエンサー、それらを横断したキャンペーンなど多岐にわたります。プロジェクトが大規模になるにつれて関係者も増えるため、関係者間で認識のすり合わせをするだけでも一筋縄ではいかないでしょう。

社内と社外に多くの関係者が存在するマーケティングにおいて、デモグラフィック情報という解釈の余地があるターゲット像に、雇用理由という購買にいたる強力な因果の情報を加えることで、関係者間の認識の齟齬を減らすことができます。

これにより、CRMチームが発見した継続購入率の高いユーザーの雇用理由をもとに、リードジェネレーションチームが獲得施策のプランニングを行ったり、定常的な雇用理由のトラッキングで変化を捉えた際は、速やかに対策を講じたりするなど、行うべき施策の根拠が誰にとっても明確になるのです。

蓄積されたデータがビジネスを推進するマーケティング資源になる

Photo by Pablo Heimplatz

昨今、マーケティングに利用できる第三者データは徐々に規制される流れにあります。個人情報保護や独占禁止法などの観点から問題視されたIDFAやAAIDの広告識別子にまつわる世論や、3rd party cookieの廃止を発表したGoogleの方針などからも、この流れが逆行することは考えにくいでしょう。

こうした流れをふまえると、自社でデータを保有できている企業とできていない企業の間には、マーケティング成果、ひいてはビジネスに大きな差が生まれてくると考えられます。幸いにも、5GやIoTなどテクノロジーの発展によって、データ取得のハードルは大きく下がっています。また、マーケティングソリューションにも、大企業が利用するものから、ITに不慣れな中小企業でも扱えるものまで、さまざまなサービスがリリースされています。

まだ自社で顧客のデータを保有できていない企業は、少しずつでもデータの取得をはじめると、ビジネスを継続していくための貴重な情報源となるでしょう。すでにデータを保有している企業は、顧客を深く理解していくために、「雇用理由」と「社会的コンテキスト」という視点を養っていくとよいでしょう。

これからの企業は、データから雇用理由を導き出したり、売上に紐付ける因果を発見したりするなど、数値データをいかに価値のある資源に変換できるかが問われています。FICCメディア・プロモーション事業部は、企業が保有するデータをマーケティング活動を活性化させる資源へ変換し、その資源をもとに顧客理解を深め、経済価値と社会的価値の創造をこれからもサポートしていきます。

『ジョブ理論』で導き出す、ブランド成長の新セオリー:クリステンセンの新著から

Photo by Betsy Weber(CreativeCommons)

生活者の資金に余剰分はありません。貯蓄を含め、すべての支出は競合関係にあり、新しい商品を購入することは、何かを放棄することを意味します。カテゴリー内の直接競合ではなく、より間接的な競合商品群をソースオブビジネス(収益源)とすれば、ブランドは大きく成長できるはずです。しかし、ほとんどのブランドは、市場規模が小さく、ブランドスイッチが困難な直接競合とのシェア争いに陥っています。より大きく、競争の少ない市場から収益を得るには、カテゴリーの枠を超えた競合関係に目を向けなければなりません。

たとえば、30代半ばのOLが、忙しい1日の最後に、コンビニエンスストアでプレミアムビールを手に取り、最終的にハーゲンダッツのアイスクリームを買ったとしましょう。寝る前に少しだけ自分の時間を楽みたかったのかもしれません。アイスクリームとビールには一見競合関係が無いように思えますが、「少ない可処分時間を充実させる」という同じ役割が与えられた場合は、完全な競合となるのです。ハーゲンダッツは「夜の贅沢な時間」を連想させ、ビールよりも優れた「可処分時間の充実」を生活者の心のなかに描くことで、ビールだけでなく、可処分時間を充実させるすべての商品(ホットアイマスク、バスソルトなど)からも収益を奪うことができるのです。

『ジョブ理論』という考え方

『ジョブ理論』

『ジョブ理論』

大きな話題を呼んだクレイトン・M・クリステンセンの新著『ジョブ理論』は、ジョブと呼ばれる商品に与えられた役割こそが、購買行動の原因であると説いています。先ほどのハーゲンダッツの例では、性別、年齢や、OLという職業などという属性はどれもアイスクリームの購買行動と相関はするかもしれませんが、因果関係はありません。原因は残業による可処分時間の減少と、精神的疲労によって生まれた「少ない可処分時間の充実」というジョブなのです。

さらにこの事例では、固くてすぐに食べられないというネガティブな特性も、「最高の幸せは待つ人だけに訪れる」というクリエイティブなアイデアで、優位性に変えています。ジョブの理解はソースオブビジネスの発見だけでなく、効果的な打ち手をも示してくれるのです。

本来無関係に思える間接競合をソースオブビジネスに設定すれば、不毛な競争を避け、大きな市場を狙い、エモーショナルなブランドを立脚することができます。少し前の記事で、「万年筆の競合」について解説をしました。平均価格が5000円程度で、8割がギフト需要である万年筆のソースオブビジネスは、ネクタイです。モンブランは「父親を喜ばせる」という情緒的なジョブを理解しているため、筆記用具としての書き味などは一切訴求しません。その代わりに、ネクタイをつけないヒュー・ジャックマンを理想的な成功者とし、万年筆をその立役者として描いているのです。

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いかにジョブを見つけるか?

ジョブを見つけ、ソースオブビジネスを設定すれば、後は商品をより良いソリューションとして描くコミュニケーション設計を行い、マーケティング施策の実行に取り掛かれます。しかし、肝心のジョブはどのように見つければ良いのでしょうか? 残念ながら、定量的なデータからジョブを見つけることはできません。ジョブの発見には、生活者の状況を、生活者の視点から分析する必要があるのです。

ジョブを炙り出すツールとして、ジョブの種類を図にしたものがあります。ジョブには直接的なものと、付随する間接的なものがあります。さらに、機能的側面と情緒的側面があり、情緒的側面は個人の内在的側面と、社会に向けた対外的側面に分類することができます。

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まずはもっとも簡単な直接的×機能的ジョブを定義しましょう。たとえば、ボディーシートの場合は「汗を拭き取る」ことかもしれません。内在的側面は「不快感を味わいたくない」ことで、対外的側面は「不潔だと思われたくない」などでしょう。また、「汗を拭き取る」に付随する機能的ジョブは「人前での見た目を整える」としましょう。情緒的×内在的側面は「気持ちを切り替えたい」、対外的側面は「相手に好印象を与えたい」などで良いでしょう。「汗を拭き取る」という直接的×機能的ジョブを共有している競合は同じボディシートや洗顔シートでしょう、しかし「人前で見た目を整える」には化粧品なども含まれます。「不快感を味わいたくない」であればエアコンの効いたカフェなども競合となります。「不潔だと思われたくない」は、すべての身だしなみグッズが含まれます。「気持ちを切り替えたい」のであればガムやタブレット菓子、「相手に好印象を与えたい」のであれば、ファッションアイテムもソースオブビジネスとなります。

ブランド成長に限界はない

このように、ジョブは購買の原因でありながらも、いろいろな競合と共有される広範な役割なのです。ジョブという視点から市場を見れば、たくさんのソースオブビジネスの存在に気づくことができます。自社商品のジョブに対し、不完全な解決策となっているすべての競合から収益を得ることができると考えれば、ブランドの成長に限界はありません。私たちは、ソースオブビジネスの多様性がブランドの継続的な成長に欠かせないことを理解し、ジョブから生まれる複雑な競合関係をマーケティングに活かさなければならないのです。

※本記事はDIGIDAYに寄稿したコラムを転載しています。